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なす

なす

  なす
別名:ナス、なすび、茄子
奈良時代~

古くから日本で食されてきたナス科の紫色の野菜



年表

飛鳥時代

原産地はインドであるが、中国では、6世紀ごろの『斎民要術』になすの栽培などに関する記述がある。


奈良時代

この時代には、日本で栽培されていた

日本へは中国から伝来したが、いつからかは不明。
ただ、奈良時代の『東大寺正倉院文書』に記述があり、奈良時代には栽培されていた模様。


16世紀後半

伊達政宗の家臣が原種を博多から持ち帰る(「仙台長なす」の始まり)

宮城県の伝統野菜である「仙台長なす」は、文禄の役で、伊達政宗が朝鮮に出征した際に、家臣が原種を博多から持ち帰り、広まったとされている。


江戸時代初期

この頃には、「折戸なす」が栽培されていたとされる

静岡の伝統野菜「折戸なす」は徳川家康に献上されたと言われており、この頃には栽培されていたと考えられる。
なお、「一富士、二鷹、三なすび」のなすびは、この「折戸なす」だと言われている。

ただ、明治時代には栽培は途絶。


17世紀後半

この頃には、「賀茂なす」が栽培されていたとされる

「雍州府志」(1684年)に洛東河原で栽培されている丸く大きい茄子がおいしいという記述があり、この頃には「賀茂なす」は栽培されていたと思われる。

その後、明治になり、栽培地が上賀茂に移り、「賀茂なす」と呼ばれるようになる。


明治40年代

この頃、新潟県長岡市中島地区の農家のところに種子が持ち込まれる(「長岡巾着なす」の始まり)

新潟県南蒲原郡田上町の女性が中島地区の農家・小川文四郎のところに嫁ぐ際に、地元で栽培されていた丸なすの種子を持参。
それを長岡で栽培したところ、実が硬くしまったなすが実り、受け継がれる。


2005年(平成17年)

静岡県中部農林事務所が「折戸なす」の種を発見

この年、静岡県中部農林事務所が、国の研究機関に「折戸なす」の種が残されていることを知り、取り寄せ、復活させる。


参考

favicon-book小崎格他監修「花図鑑 野菜+果物 (草土花図鑑シリーズ)

favicon-book柳原一成『近茶流宗家 柳原一成が選ぶ 日本の伝統野菜





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