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旗本

  はたもと
江戸時代

江戸時代、知行高が1万石未満で、将軍への拝謁が許された幕府直臣



年表

戦国時代

この頃には、旗本は存在しなかったが、軍事に当たり、将軍の親衛隊に編成されたような武将がその原型と考えられる。


江戸時代初期

旗本が制度化される

江戸幕府の制度化・儀礼化が進む中で、知行高が1万石未満で、将軍に拝謁がかなう御目見得(おめみえ)以上の幕府直臣が、旗本として、制度化される。
当時、旗本は、おおむね100石以上の知行取りで、約5,000人いたと言われている。

なお、知行高が1万石未満であっても、御目見得がかなわない者は、御家人と呼ばれた。


1633年(寛永10年)

将軍・徳川家光により、軍役令発布

200石から10万石の者を対象とし、知行高に応じて軍役が課されるようになる。
例えば、600石の旗本は、軍役に当たり、15人の動員が義務付けられていた。

そして、この軍役令を基準に、旗本は従者数・武器などを揃え、将軍の上洛や日光社参の供奉などの際には、動員が行われた。


参考

favicon-book深谷克己・須田努編『近世人の事典

favicon-book山本博文『時代劇・時代小説が100倍面白くなる なるほど!大江戸事典





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