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南満州鉄道

南満州鉄道

  みなみまんしゅうてつどう
別名:満鉄
1906年(明治39年)~1945年(昭和20年)

かつて満州国にあった鉄道会社



年表

1906年(明治39年)

11月 南満州鉄道株式会社設立

初代総裁は、後藤新平


1907年(明治40年)

4月 満鉄調査部が創設

調査部には、経済調査、旧慣調査、ロシア調査、監査斑、統計版が設置され、スタッフは100人前後。


1910年代

長州閥・政党閥の争いが起こる

長州閥の中村是公が引きづり降ろされる形で総裁を辞任。
政友会系の野村龍太郎が総裁に就任し、副総裁・伊藤大八と理事合議制廃止など、合理化を進める。

しかし、後藤新平・中村是公の子飼いであった理事の犬塚新太郎が合理化に反対し、対立。
喧嘩両成敗の形で、野村・伊藤・犬塚は満鉄を辞任し、第四代総裁・中村雄次郎、第五代総裁・国沢新兵衛と続く。

ただ、原敬が政権をとると、総裁・国沢を更迭し、再び、野村龍太郎を総裁に起用する。


1928年(昭和3年)

6月4日 張作霖爆殺事件


1931年(昭和6年)

9月 満州事変勃発

満鉄は、満州事変に協力


1932年(昭和7年)

3月 満州国誕生

これにより、満州国と満鉄の間で、役割分担が必要となり、満鉄改組が課題となる。
その後、満鉄は、鉄道・炭鉱・調査に特化していく。


1939年(昭和14年)

支那抗戦力調査を実施

満鉄調査部を挙げての大調査を実施


1941年(昭和16年)

12月8日 太平洋戦争開戦

南方で占領地を有することになったことから、ビルマ、マラヤに満鉄調査部の調査部隊が派遣される。


1942年(昭和17年)

9月 関東憲兵隊の弾圧を受け、打撃を受ける

共産主義者がいるという疑いで、基幹調査部員44名が逮捕


1945年(昭和20年)

8月8日 ソ蒙軍が満州国に攻撃開始


8月27日 中ソ友好同盟条約

満鉄は、中華民国政府とソビエト連邦政府の合弁による中国長春鉄路に移管。
その後、ポツダム宣言受諾に伴い、閉鎖機関令が公布され、満鉄は同年9月30日に遡って閉鎖されたものとされる。


参考

favicon-book小林英夫『満鉄が生んだ日本型経済システム





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