岐阜県の武将・武士

概要

 岐阜県で生まれたり、岐阜県にゆかりのある武将・武士の一覧を掲載しています(五十音順)

 ※出身地は生まれた都道府県、出身地の市町村は現在の市町村、出没年は西暦で掲載しています。

  岐阜県の出身者・ゆかりのある人物全体については、「岐阜県の人物」をご覧ください。

一覧

名前出没年出身地概要
出身者

さいとうよしたつ

斎藤義龍
1527年~1561年岐阜県
大名武将

父・斎藤道三から家督を譲られるが対立し、長良川の戦いで斎藤道三を討った戦国大名・武将

出身者

しまだかい

島田魁
1828年~1900年岐阜県
岐阜市
武士

新選組に途中から入隊するが、箱館戦争まで戦い、守衛新選組隊長となった新選組隊士

出身者

せんごくひでひさ

仙石秀久
1552年~1614年岐阜県
坂祝町
大名武将藩主

豊臣秀吉の古くからの家臣であるが戸次川の戦いで大敗し改易され、その後に許され小諸藩主となった戦国大名・武将

ゆかり

たいらのただつね

平忠常
967年~1031年不明
武将

常陸・上総・下総に広大な所領を有し、安房国府を襲い反乱を起こすが、追討使に降伏し、その護送中に美濃国野上で病没した平安時代の武将

出身者

たけなかはんべえ

竹中半兵衛
1544年~1579年岐阜県
武将

豊臣秀吉の参謀として、黒田官兵衛とともに「両兵衛」「二兵衛」と称され活躍した戦国時代の武将

出身者

たにもりとも

谷衛友
1563年~1628年岐阜県
大名武将

羽柴秀吉の家臣で、秀吉の主なる合戦のほとんど参加し、後に徳川家に仕え、丹波国山家藩の初代藩主となった戦国大名・武将

出身者

とおやまかげとお

遠山景任
不明~1572年岐阜県
武将

信濃国と隣接する岩村城主で、その狭間から、斎藤氏・武田氏・織田氏の複数の勢力に属した戦国武将

出身者

ときよりのり

土岐頼芸
1502年~1582年岐阜県
大名

家臣・斎藤道三に追放された美濃国の守護大名

ゆかり

とだうじかね

戸田氏鉄
1576年~1655年愛知県
豊橋市
大名武将藩主

徳川家に仕え、島原の乱での戦功などから、膳所藩主・尼崎藩主・大垣藩主となった大名・武将

出身者

とだうじよし

戸田氏栄
1799年~1858年岐阜県
揖斐川町
幕臣

各地で奉行を務める中、浦賀奉行としてペリー来航時に交渉にあたり、日米和親条約を結んだ幕臣

ゆかり

はちやよりたか

蜂屋頼隆
1534年~1589年不明
大名武将

直参の黒母衣衆として織田信長に仕え、後に肥田城主・敦賀城主となった戦国大名・武将

ゆかり

ひらおかよりかつ

平岡頼勝
1560年~1607年不明
大名武将藩主

浪人であったが、豊臣秀吉に見出され、小早川秀秋の家臣となり、後に徳野藩初代藩主となった戦国大名・武将

ゆかり

ひらたゆきえ

平田靱負
1704年~1755年鹿児島県
藩士

木曽三川の治水事業における宝暦治水事件で、責任をとって自害した薩摩藩家老

ゆかり

ひらつかためひろ

平塚為広
不明~1600年不明
武将

豊臣秀吉に仕え、垂井城主となるが、関ヶ原の戦いで西軍に属し戦死した戦国武将

出身者

ふるたおりべ

古田織部
1544年~1615年岐阜県
大名武将

織田信長豊臣秀吉に仕えた武将で、織部焼や道織部流の創始者

出身者

ほり ひでまさ

堀 秀政
1553年~1590年岐阜県
岐阜市
大名武将

織田信長豊臣秀吉に仕え、紀州征伐などの功から、北ノ庄城主となった武将

出身者

まえだげんい

前田玄以
1539年~1602年岐阜県
大名武将藩主僧侶

豊臣政権の五奉行の1人で、京都所司代として、寺社の管理や洛中洛外の民政で実績を挙げた戦国武将

出身者

みきなおより

三木直頼
1497年頃~1554年岐阜県
武将

飛騨の一国人であったが、守護の京極氏や国司の姉小路家の衰退に乗じて、飛騨の南半分を征服した戦国武将

出身者

もりながよし

森長可
1558年~1584年岐阜県
大名武将

織田信長に仕え、数々功を挙げ海津城主となったが、小牧・長久手の戦いで戦死した大名・武将

出身者

もりよしなり

森可成
1523年~1570年岐阜県
笠松町
武将

織田信長の家臣で金山城主だったが、宇佐山城の戦いで、浅井長政朝倉義景の連合軍に攻められ討死した戦国武将


 他の都道府県の出身者・ゆかりのある人物については、「人物の都道府県一覧」をご覧ください。

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