概要
三重県の出身者や三重県にゆかりのある人物の一覧を掲載しています(五十音順)
※出身地は生まれた都道府県、出身地の市町村は現在の市町村、生没年は西暦で掲載しています。
一覧
| 名前 | 生没年 | 場所 | 概要 | |
|---|---|---|---|---|
| ゆかり | あしかが よしみ 足利 義視 | 1439年~1491年 | 三重県 | 武将 |
| 出身者 | あらき またえもん 荒木 又右衛門 | 1599年~1638年 | 三重県 伊賀市 | 剣術家武士 日本三大仇討ちの一つ「鍵屋の辻の決闘」で活躍した江戸時代初期の剣豪。 |
| 出身者 | いいぬま よくさい 飯沼 慾斎 | 1782年~1865年 | 三重県 亀山市 | 学者 江戸時代後期に、日本最初のリンネ分類による「草木図説」を著した本草学者。 |
| ゆかり | いしはら ひろいちろう 石原 広一郎 | 1890年~1970年 | 三重県 | 実業家活動家 化学メーカー「石原産業」の創業者で、戦前に、石原コンツェルンを築くが、同時に政治活動を展開したから、戦後、A級戦犯容疑で巣鴨に拘禁された実業家。 |
| 出身者 | いちかわ こん 市川 崑 | 1915年~2008年 | 三重県 伊勢市 | 映画監督 映画『ビルマの竪琴』『野火』『犬神家の一族』など、数々の名作を制作した映画監督。 |
| 出身者 | いとう きよし 伊藤 清 | 1915年~2008年 | 三重県 いなべ市 | 学者 後に金融工学に応用される、確率論の「伊藤の定理」を考案した数学者。 |
| 出身者 | いとう けいいち 伊藤 桂一 | 1917年~2016年 | 三重県 四日市 | 作家 『螢の河』『静かなノモンハン』など戦場小説を多く著した小説家。 |
| 出身者 | いとう でんしち 伊藤 伝七(10代) | 1852年~1924年 | 三重県 四日市市四郷地区 | 実業家議員 明治時代に紡績会社「三重紡績」を創業、三重県・愛知県の紡績会社を吸収合併し、三重紡績を日本屈指の紡績会社とした経営者。 |
| 出身者 | いとう でんしち 伊藤 伝七(11代) | 1878年~1960年 | 三重県 四日市 | 実業家議員 父・伊藤伝七(10代)の紡績会社を引き継ぐと共に、三岐鉄道の計画に携わるなど、四日市や北勢地方の発展に尽力した経営者。 |
| 出身者 | いとう でんぞう 伊藤 傳三 | 1908年~1981年 | 三重県 四日市 | 実業家 戦前にセロファンウインナーを開発した食品メーカー「伊藤ハム栄養食品」(現:伊藤ハム)の創業者。 |
| ゆかり | いなば さんえもん 稲葉 三右衛門 | 1837年~1914年 | 三重県 | 実業家社会事業家 |
| ゆかり | いらこ せいはく 伊良子 清白 | 1877年~1946年 | 三重県 | 詩人医者 明治・大正期、医師として各地で働く傍ら詩作に取り組み、18篇を収めた詩集『孔雀船』を刊行。鳥羽で開業して地域の診療を担い、詩だけでなく短歌や俳句も制作。雑誌『白鳥』を発刊して三重の歌壇を指導するなど、医業と文学を並行して活動した詩人・歌人。 |
| 出身者 | うえの ひでさぶろう 上野 英三郎 | 1872年~1925年 | 三重県 津市 | 学者 忠犬ハチ公の飼い主としても知られ、日本の農業土木を創始した明治・大正時代の農学者。 |
| 出身者 | うじい すけもと 雲林院 祐基 | 不明~不明 | 三重県 | 武将 |
| 出身者 | えどがわ らんぽ 江戸川 乱歩 | 1894年~1965年 | 三重県 名張市 | 作家 『怪人二十面相』などの少年探偵団シリーズなどを残したミステリー小説の大家。 |
| ゆかり | おけだ けいたろう 桶田 敬太郎 | 1971年~2019年 | 三重県 | 芸人作家 お笑いコンビ「フォークダンスDE成子坂」としてボケとして活動した芸人。 |
| ゆかり | おざき ゆきお 尾崎 行雄 | 1858年~1954年 | 三重県 | 大臣首長議員記者 護憲運動で活躍、政党政治の確立に努めるなどし、「憲政の神様」「議会政治の父」と呼ばれた政治家。 |
| ゆかり | おだ のぶかつ 織田 信雄 | 1558年~1630年 | 三重県 | 大名武将藩主 |
| ゆかり | おだ のぶかね 織田 信包 | 不明~1614年 | 三重県 | 大名武将 |
| ゆかり | おだ のぶたか 織田 信孝 | 1558年~1583年 | 三重県 | 大名武将 織田信長の三男で、清須会議後に豊臣秀吉と対立し、降伏・自害した戦国大名・武将。 |
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