概要
鹿児島県で生まれたり、鹿児島県にゆかりのある政治家・官僚の一覧を掲載しています(五十音順)
※出身地は生まれた都道府県、出身地の市町村は現在の市町村、生没年は西暦で掲載しています。
鹿児島県の出身者・ゆかりのある人物全体については、「鹿児島県の人物」をご覧ください。
一覧
| 名前 | 生没年 | 場所 | 概要 | |
|---|---|---|---|---|
| 出身者 | いじち まさはる 伊地 知正治 | 1828年~1886年 | 鹿児島県 鹿児島市 | 藩士官僚 東山道先鋒総督参謀として、戊辰戦争で大きな功績を挙げた人物。 |
| ゆかり | いわむら みちとし 岩村 通俊 | 1840年~1915年 | 鹿児島県 | 大臣議員首長官僚 鹿児島県令などを務めるとともに、初代北海道庁長官として北海道開拓を行った官僚・政治家。 |
| 出身者 | おおうら かねたけ 大浦 兼武 | 1850年~1918年 | 鹿児島県 薩摩郡さつま町 | 大臣首長議員警察官官僚 島根県・山口県・熊本県・宮城県知事、警視総監、逓信大臣・農商務大臣・内務大臣などを歴任したが、大浦事件で引退した政治家・官僚。 |
| 出身者 | おおくぼ としみち 大久保 利通 | 1830年~1878年 | 鹿児島県 鹿児島市 | 大臣藩士 |
| 出身者 | おおやま いわお 大山 巌 | 1842年~1916年 | 鹿児島県 鹿児島市 | 軍人大臣議員 日清戦争では第2軍司令官として、日露戦争では満州軍総司令官として、日本の勝利に貢献した帝国陸軍軍人。 |
| 出身者 | おざと さだとし 小里 貞利 | 1930年~2016年 | 鹿児島県 霧島市 鹿児島市 | 大臣議長議員 整備新幹線計画に関わり「ミスター新幹線」とも呼ばれるとともに、阪神・淡路大震災にあたっては震災対策担当大臣として復興支援にあたった政治家。 |
| 出身者 | おりた ひこいち 折田 彦市 | 1849年~1920年 | 鹿児島県 鹿児島市 | 官僚教育者 京都大学の銅像・オブジェとしても知られ、旧制第三高等学校の初代校長となり、三高の自由な学風を築いた官僚・教育者。 |
| ゆかり | かのう ひさよし 加納 久宜 | 1848年~1919年 | 鹿児島県 | 藩主首長議員官僚検察官 幕末の上総国一宮藩主で、司法界・教育界・産業界など、多方面で日本の近代化に尽力した人物。 |
| 出身者 | かばやま すけのり 樺山 資紀 | 1837年~1922年 | 鹿児島県 鹿児島市 | 軍人大臣警察官 海軍大臣時代には「蛮勇演説」を行い、その後、初代台湾総督となった明治時代の帝国軍人・政治家。 |
| 出身者 | かわさき しょうぞう 川崎 正蔵 | 1836年~1912年 | 鹿児島県 鹿児島市 | 実業家議員 造船会社「川崎造船所」(現:川崎重工業)を設立し、「神戸川崎財閥」を築き上げた明治時代の実業家。 |
| 出身者 | かわじ としよし 川路 利良 | 1834年~1879年 | 鹿児島県 鹿児島市皆与志町比志島地区 | 警察官官僚軍人藩士 初代・大警視(現:警視総監)として、日本に近代警察制度を導入した幕末・明治時代の官僚・藩士。 |
| 出身者 | くろだ きよたか 黒田 清隆 | 1840年~1900年 | 鹿児島県 鹿児島市 | 大臣軍人藩士官僚 幕末には薩摩藩士として明治維新・戊辰戦争に奔走し、明治政府では日朝修好条規の締結、西南戦争に従事するなどし、内閣総理大臣になった政治家。 |
| 出身者 | くろだ せいき 黒田 清輝 | 1866年~1924年 | 鹿児島県 鹿児島市 | 画家教育者議員 フランスでラファエル・コランに学び、帰国後は明るい外光表現を日本の洋画に導入。『湖畔』『智・感・情』などを制作し、洋画家として初の帝室技芸員に選出。「白馬会」の結成や西洋画教育を通じ、近代洋画の発展に尽力した画家・教育者。 |
| 出身者 | こいずみ じゅんや 小泉 純也 | 1904年~1969年 | 鹿児島県 南さつま市 | 大臣議員 鹿児島県に生まれ、旧姓は鮫島。小泉又次郎の娘と結婚し、衆議院議員として活動。戦時中の翼賛選挙で推薦を受けて当選したため戦後に公職追放となったが、のち政界に復帰して防衛庁長官を歴任。小泉純一郎の父としても知られる政治家。 |
| 出身者 | さいごう たかもり 西郷 隆盛 | 1828年~1877年 | 鹿児島県 鹿児島市 | 大臣藩士軍人教育者 明治維新の立役者の一人で、西南の役を起した薩摩藩士・政治家・軍人。 |
| 出身者 | さいごう つぐみち 西郷 従道 | 1843年~1902年 | 鹿児島県 鹿児島市 | 大臣軍人藩士 西郷隆盛の弟で「小西郷」と呼ばれ、維新後の明治政府で、内務大臣や海軍大臣などを務めた政治家。 |
| ゆかり | さこみず ひさつね 迫水 久常 | 1902年~1977年 | 鹿児島県 | 大臣議員官僚 終戦時の玉音放送を起草したことで知られ、戦後は自民党参議院議員の大物として長く活動した政治家・官僚。 |
| 出身者 | しげの やすつぐ 重野 安繹 | 1827年~1910年 | 鹿児島県 鹿児島市 | 学者議員 日本最初の文学博士の一人で、日本の実証史学の基礎を築いた明治時代の歴史学者。 |
| 出身者 | せんだ さだあき 千田 貞暁 | 1836年~1908年 | 鹿児島県 | 首長官僚藩士 広島県・新潟県・京都府などの知事に就き、広島県令・県知事として、宇品築港に尽力した明治時代の官僚。 |
| 出身者 | てらしま むねのり 寺島 宗則 | 1832年~1893年 | 鹿児島県 阿久根市 | 外交官大臣首長官僚 日本初の電信事業を進め、「日本電気通信の父」と呼ばれるとともに、その後、外務卿として関税自主権回復などの外交問題にあたった人物。 |
他の都道府県の出身者・ゆかりのある人物については、「人物の都道府県一覧」をご覧ください。