三木一草

概要

 三木一草とは、後醍醐天皇の建武政権で重用された楠木正成・結城親光・名和長年・千種忠顕の姓名や官名に由来。楠木・結城の姓と名和の官名・伯耆守の「き」を三木、千種の「くさ」を一草に掛けたもので、倒幕の功績によって異例の昇進や厚い恩賞を受けた4人の功臣の総称を指します。

名前 出没年 出身地 概要

ゆうき ちかみつ

結城 親光不明
~1336年
不明
~1336年
福島県
白河市
武将

当初は鎌倉幕府に従うが、討幕方に転じ、後醍醐天皇の信頼を得るが、足利尊氏暗殺を企てて殺害された武将。

なわ ながとし

名和 長年不明
~1336年
不明
~1336年
鳥取県
大山町
武将

楠木正成・結城親光・千種忠顕と合わせて「三木一草」と称され、鎌倉幕府倒幕に加わり、建武の新政で重用された、南北朝時代の武将。

くすのき まさしげ

楠木 正成1294年頃
~1336年
1294年頃
~1336年
大阪府
千早赤阪村
武将

建武の新政の立役者で、南北朝時代には南朝側として活躍した武将。

ちくさ ただあき

千種 忠顕不明
~1336年
不明
~1336年
不明貴族武将

後醍醐天皇の近臣として、元弘の乱などにも従い、建武の新政で権勢を誇るが、足利直義と戦い戦死した公卿・武将。

タイトルとURLをコピーしました