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築地

築地

  つきじ
江戸時代~

東京都の中央区にある中央卸売市場や築地本願寺などがある地域。



年表

江戸時代初め

現在の築地のあるところは、海(江戸湊)であった。

摂津国西成郡佃村の漁師たちを徳川家康が江戸に呼び寄せ、隅田川河口近くの鉄砲洲という干潟が与えられる
ここを埋め立て、島とし、佃島と呼ぶ


1657年(明暦3年)

この年、明暦の大火が起こる

明暦の大火で、浅草横山町(現:日本橋横山町)にある浅草御堂が全焼
しかし、同じところに寺を再建することは許されず、現在の築地のあるところへの移転となる


1658年(万治元年)

この年、本願寺が仮本堂建立

八丁堀沖の江戸湊を埋め立て、仮本堂を建立
新たに土地を築いたことから「築地」と言われるようになる

このとき、埋め立て実績のある佃島の門徒も協力
佃島の漁師は幕府に魚を献上する役割を持っていたが、余った魚を庶民に売る商売を始める(魚河岸の始まり)


日本橋魚河岸記念碑

日本橋室町にある「日本橋魚河岸記念碑」

(出典)中央区観光協会「日本橋魚河岸記念碑


1679年(延宝7年)

この年、築地本願寺建立


1869年(明治2年)

この年、築地鉄砲洲に外国人居留地が開設

現在の明石町一帯に、外国の領事館や公使館が作られ、文明開化のハイカラな土地となる

この年、築地に「海軍操練所」が設立(後の海軍兵学校)


1870年(明治3年)

3月 築地本願寺が山口藩兵の屯所となる

ただ、藩兵としては宿泊に向かず、本願寺側も受け入れがたいへんであるため、1か月後転営


1871年(明治4年)

1月 築地本願寺が境内に「勤学所」に設置

1871年に「積徳教校」と改名し、1892年まで存続


1886年(明治19年)

この年、海軍兵学校が江田島に移転


1923年(大正12年)

9月1日 関東大震災

築地本願寺は倒壊を免れたが、火が回り、焼失


1933年(昭和8年)

この年、魚河岸が日本橋から築地に移転


1934年(昭和9年)

この年、現在の築地本願寺落成


1935年(昭和10年)

この年、正式に「東京都中央卸売市場築地本場」開業


1941年(昭和16年)

12月 太平洋戦争開戦

戦争で、食料品の統制が始まり、築地市場は本来の市場の機能をあまり果たせなくなる


1945年(昭和20年)

3月10日 東京大空襲


1950年(昭和25年)

この年、食料品の統制が解除

入荷量が回復していく。


2015年(平成27年)

この年、築地市場が豊洲に移転(予定)


参考

favicon-book本願寺出版社東京支社編纂「築地

favicon-webザ・築地市場「築地今昔ものがたり

favicon-web築地本願寺「築地本願寺の歴史





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