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かぶ

かぶ

  かぶ
別名:カブ、蕪、カブラ、かぶら
縄文時代 ~

丸く肥大した根が食されるアブラナ科の野菜



年表

原産地

原産地は、中央アジアのアフガニスタン付近・ヨーロッパ南西部とされている。


縄文時代

この頃、日本に導入されたとされる

同時代に、中国・朝鮮を経て東洋種が、シベリア・朝鮮経由で西洋種が東北地方に導入されたと考えられている。
(そのため、この2種が関ケ原付近を境に分布している)

記録としては、『日本書紀』『万葉集』にすでに記載がなされている。


鎌倉時代

この頃、平家の落人が青森県久坂にかぶを持ち込む(「笊石かぶ」の始まり)


室町時代

爺父渓の観音堂で蒲生貞秀が「日野菜」を発見

ただ今よりも太く曲がっていたとされる。


安土山時代

天正年間(1573年~1592年)に近江の薬売りが岩手県遠野の暮坪地区にかぶを持ち込む(「暮坪かぶ」の始まり)

岩手県の伝統野菜である「暮坪かぶ」はこの頃が始まりとされる。


江戸時代初期

この頃、四天王寺の僧坊用に栽培されていたが評判となる(「天王寺かぶ」の始まり)

大坂名物となり、明治末期に他のが台頭するまで、天王寺村の特産品として栄える


江戸時代中期

この頃、近江かぶの種が京都に持ち込まれる(「聖護院かぶ」の始まり)

左京区聖護院の農家・伊勢屋利八が近江・堅田から近江かぶの種子を持ち帰ったのが起源とされている。


宝暦年間(1751年~1764年)

この頃から、改良を加えられ、現在の「日野菜」となる

日野町の種子商・吉村源兵衛が改良を加え、行商し栽培が広がった。その後、親子3代に渡り、改良が加えられ、現在のような細長いものになったとされる。


1756年(宝暦6年)

この年、野沢温泉の健命寺住職が京都から種を持ち帰る(「野沢菜」の始まり)

健命寺住職・晃天園瑞大和尚が、京都から天王寺かぶの種を持ち帰り植えたところ、葉柄・草丈の大きなかぶ菜となり、野沢温泉の特産品となる。


明治末期

この頃、東京葛飾の東金町で、ヨーロッパ種と在来種を交配させた改良品が誕生(「金町こかぶ」の始まり)

外国から輸入されたかぶの系統が入っていたとされる「下千葉中生」が改良されて誕生。
当時は、「新かぶ」と呼ばれ、高級料理用として老舗料理店などで扱われていた。

その後、病気に強くなるように改良され、全国に広まる。


ゆかりの地・施設

かぶの歴史に関する施設・ゆかりの地です。

健命寺

野沢菜の発祥となった長野県の寺院である。

favicon-temple健命寺(長野県下高井郡野沢温泉村豊郷9320)


地図

現在地
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参考

favicon-book小崎格他監修「花図鑑 野菜+果物 (草土花図鑑シリーズ)

favicon-book成瀬宇平「47都道府県・地野菜/伝統野菜百科

favicon-book柳原一成『近茶流宗家 柳原一成が選ぶ 日本の伝統野菜





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