概要
1888年(明治21年)に誕生・生まれた人物の一覧を掲載しています(五十音順)
※出身地は生まれた都道府県、出身地の市町村は現在の市町村、生没年は西暦で掲載しています。
一覧
| 名前 | 生没年 | 場所 | 概要 | |
|---|---|---|---|---|
あきやま とくぞう 秋山 徳蔵 | 1888年~1974年 | 料理人研究家 ドラマ『天皇の料理番』のモデルであり、戦前・戦後を通じ宮内省の主厨長を務めた料理人。 | ||
いいだ しょうじろう 飯田 祥二郎 | 1888年~1980年 | 軍人 太平洋戦争時に第15軍司令官として、タイ王国への平和進駐やビルマ攻略などを行った帝国陸軍軍人。 | ||
いいむら じょう 飯村 穣 | 1888年~1976年 | 軍人 総力戦研究所において、「総力戦机上演習」を行い、開戦前に日本の敗戦を結論づけた帝国陸軍軍人。 | ||
いしはら つねじろう 石原 雅二郎 | 1888年~1946年 | 首長官僚教育者警察官 戦前は山形県知事・千葉県知事などを務め、戦後は津市長を務めた政治家・官僚。 | ||
えんどう さいじろう 遠藤 斉治朗 | 1888年~1958年 | 実業家議長議員 金属製品メーカー「 関安全剃刀製造」(現:貝印、フェザー安全剃刀)の創業者・政治家。 | ||
おかもと きいち 岡本 帰一 | 1888年~1930年 | 画家 雑誌『コドモノクニ』の挿絵を始め、グリム・アンデルセン童話・伝説の挿絵などを手掛けた戦前の童画家。 | ||
おさか けんじ 小坂 狷二 | 1888年~1969年 | 活動家技術者 日本におけるエスペラントの普及に努めた鉄道工学者・技術者。 | ||
かがわ とよひこ 賀川 豊彦 | 1888年~1960年 | 活動家社会事業家議員 戦前より労働運動・農民運動などを行い、「スラム街の聖者」と称され、ノーベル平和賞候補ともなった社会運動家。 | ||
きくち かん 菊池 寛 | 1888年~1948年 | 作家劇作家ジャーナリスト実業家 『父帰る』などの著作で知られるとともに、出版社「文藝春秋」を創業した小説家・実業家。 | ||
きむら へいたろう 木村 兵太郎 | 1888年~1948年 | 軍人 太平洋戦争時に陸軍次官やビルマ方面軍司令官などを務め、戦後A級戦犯として絞首刑に処せられた陸軍大将。 | ||
くさか じんいち 草鹿 任一 | 1888年~1972年 | 軍人 太平洋戦争で、南東方面艦隊司令長官として南方戦線の指揮をとった帝国海軍軍人。 | ||
こん わじろう 今 和次郎 | 1888年~1973年 | 学者 現代の社会現象を分析する「考現学」を提唱した民俗学者・建築学者。 | ||
さとみ とん 里見 弴 | 1888年~1983年 | 作家 『銀二郎の片腕』『恋ごころ』『極楽とんぼ』『五代の民』などを著した小説家。 | ||
さわだ れんぞう 沢田 廉三 | 1888年~1970年 | 外交官 戦後、初代国連大使として日本の国連加盟実現に向けて尽力した外交官。 | ||
しょうきょくさい てんよう 松旭斎 天洋 | 1888年~1980年 | 芸人 松旭斎天一の弟子で、日本における奇術の発展と普及に貢献したことから、日本奇術界の「中興の祖」と呼ばれた奇術師。 | ||
すがわら みちおお 菅原 道大 | 1888年~1983年 | 軍人 太平洋戦争時に「最後の一機で必ず私はおまえたちの後を追う」と訓示しながら、特攻隊を送り出した帝国陸軍軍人。 | ||
すずき ていいち 鈴木 貞一 | 1888年~1989年 | 軍人大臣議員 | ||
つしま じゅいち 津島 寿一 | 1888年~1967年 | 大臣議員官僚 敗戦後の外債処理やフィリピンとの戦後賠償交渉などに尽力した政治家・官僚。 | ||
なかはら ていじろう 中原 悌二郎 | 1888年~1921年 | 彫刻家 大正時代を代表する彫刻家の一人で、『若きカフカス人』『憩える女』などの作品を制作した人物。 | ||
なりた うんちく 成田 雲竹 | 1888年~1974年 | 歌手 「津軽民謡の神様」と呼ばれ、津軽民謡を全国に広めた民謡歌手。 | ||
1888年に亡くなった人物については、「1888年没の人物」をご覧ください。
他の年については、「年一覧」をご覧ください。
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