概要
1867年(慶応2年/慶応3年)に死亡・亡くなった人物の一覧を掲載しています(五十音順)
※出身地は生まれた都道府県、出身地の市町村は現在の市町村、生没年は西暦で掲載しています。
一覧
| 名前 | 生没年 | 場所 | 概要 | |
|---|---|---|---|---|
いとう かしたろう 伊東 甲子太郎 | 1835年~1867年 | 武士 新選組の参謀であったが思想の違いから離脱し、御陵衛士を結成し、油小路事件で暗殺された人物。 | ||
おときち 音吉 | 1819年~1867年 | 船乗り 漂流し日本人として初めてロンドンに渡り、日英和親条約締結の際には通訳などした人物。 | ||
こうめいてんのう 孝明天皇 | 1831年~1867年 | 天皇 当初は攘夷論者として日米修好通商条約に反対したが、その後、公武合体を進める中、急死した第121代天皇。 | ||
こんどう そうえつ 近藤 宗悦 | 1821年~1867年 | 演奏家 関西宗悦流の祖で、チャルメラが上手であったため「チャルメラ宗悦」ともよばれた幕末の尺八奏者。 | ||
さかもと りょうま 坂本 龍馬 | 1836年~1867年 | 藩士 土佐藩を脱藩して勝海舟に学び、日本初の商社とされる「亀山社中」を長崎で結成して海運や貿易に取り組んだ。薩長同盟の仲介に尽力し、のち「海援隊」を率いて大政奉還の実現に奔走。藩の枠を越えた活動で新たな国家の構想を示した幕末の志士。 | ||
たかすぎ しんさく 高杉 晋作 | 1839年~1867年 | 藩士 | ||
たけだ かんりゅうさい 武田 観柳斎 | 不明~1867年 | 武士 新撰組の五番隊組長を務めたが、脱退し暗殺された人物。 | ||
たけだ もつがい 武田 物外 | 1795年~1867年 | 僧侶武道家 「拳骨和尚」の名で知られ、不遷流柔術を創始した幕末の僧侶・武術家。 | ||
なかおか しんたろう 中岡 慎太郎 | 1838年~1867年 | 藩士 陸援隊を組織するなどした維新志士で、近江屋事件で坂本龍馬と共に暗殺された人物。 | ||
のむら ぼうとうに 野村 望東尼 | 1806年~1867年 | 歌人 女流歌人であったが、尊攘運動に積極的にかかわるようになり、高杉晋作などの尊攘派を匿うなどし、自身も弾圧により姫島流罪となった幕末の女性。 | ||
1867年に生まれた人物については、「1867年生まれの人物」をご覧ください。
他の年については、「年一覧」をご覧ください。
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