1871年没の人物

概要

 1871年(明治3年/明治4年)に死亡・亡くなった人物の一覧を掲載しています(五十音順)

 ※出身地は生まれた都道府県、出身地の市町村は現在の市町村、出没年は西暦で掲載しています。

一覧

名前出没年出身地概要

いとうげんぼく

伊東玄朴
1801年~1871年佐賀県
神埼市
医者

日本で初めて牛痘苗の輸入をはかり、蘭学医としては初めて幕府奥医師となった人物

えどもんど・もれる

エドモンド・モレル
1840年~1871年イギリス
技術者

明治時代にお雇い外国人として来日し、日本の鉄道の礎を築いた鉄道技術者

かしゅうみんぺい

賀集珉平
1796年~1871年兵庫県
南あわじ市
陶芸家

黄南京写や京焼風の陶器をつくり、淡路焼・珉平焼を創始した江戸時代後期の陶工

きめんざんたにごろう

鬼面山谷五郎
1826年~1871年岐阜県
養老町
力士

第13代横綱となった幕末・明治時代の大相撲力士

くもいたつお

雲井龍雄
1844年~1871年山形県
米沢市
志士

維新前には薩摩藩の罪科を訴えた「討薩檄」を起草し、奥羽越列藩同盟の奮起を促すなどし、維新後に政府転覆の陰謀を企てたとして斬首刑となった志士

くろこまのかつぞう

黒駒勝蔵
1832年~1871年
笛吹市
志士

尊王攘夷派の志士で、清水次郎長と抗争を繰り返した幕末の任侠

さいとうやくろう

斎藤弥九郎
1798年~1871年富山県
氷見市
剣術家

幕末江戸三大道場の一つ「練兵館」の創立者

だいらくげんたろう

大楽源太郎
1832年~1871年山口県
萩市
藩士

尊王攘夷運動を推進するが、大村益次郎暗殺事件の関与が疑われ、久留米藩難事件で暗殺された長州藩

なべしまなおまさ

鍋島直正
1815年~1871年東京都
藩主

幕末に、藩政改革や軍備の増強などを行い、佐賀藩を雄藩とし、「佐賀の七賢人」の一人とされる第10代佐賀藩

ひろさわさねおみ

広沢真臣
1834年~1871年山口県
萩市
藩士官僚

維新の十傑の1人で、尊攘運動に参加し、明治政府の発足後には参議なども務めた政治家・長州藩

もうりたかちか

毛利敬親
1819年~1871年東京都
藩主

幕末に、村田清風を登用して藩政改革を断行、長州藩を雄藩とし、明治維新の土台を築いた長州藩主


 1871年に生まれた人物については、「1871年生まれの人物」をご覧ください。

 他の年については、「年一覧」をご覧ください。

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