概要
1887年(明治20年)に死亡・亡くなった人物の一覧を掲載しています(五十音順)
※出身地は生まれた都道府県、出身地の市町村は現在の市町村、出没年は西暦で掲載しています。
一覧
名前 | 出没年 | 出身地 | 概要 | かのうそうしち 加納宗七 | 1827年~1887年 | 和歌山県 和歌山市 | 実業家社会事業家 材木商、廻船、舟宿などを営むとともに、神戸港が台風で被害を受けたとき、私財を投じて避難港を建造した明治時代の実業家 | こんどうとみぞう 近藤富蔵 | 1805年~1887年 | 東京都 | 犯罪者 江戸時代に、一家殺害事件である「鎗ヶ崎事件」を犯し、八丈島に流罪となり、『八丈実記』を著した人物 | さかいがわなみえもん 境川浪右衛門 | 1841年~1887年 | 千葉県 市川市 | 力士 第14代横綱で、土俵態度もよく、謙虚な人柄で多くの力士の人望を集め、幕末の衰退した相撲界を支えた大相撲力士 | さわやまぽうろ 沢山保羅 | 1852年~1887年 | 山口県 山口市 | 教職者教育者藩士 明治時代に、外国教会の援助を受けず日本で最初の完全自給を目指し、「浪花公会」「梅花女学校」などを設立したキリスト教牧師 | しまづひさみつ 島津久光 | 1817年~1887年 | 鹿児島県 鹿児島市 | 藩士大臣 幕末において、薩摩藩の事実上の最高権力者で、公武合体運動を推進した人物 | なかやまみき 中山みき | 1798年~1887年 | 奈良県 天理市 | 教祖 天理教の教祖である江戸時代後期・明治時代の宗教家 | よしはらしげとし 吉原重俊 | 1845年~1887年 | 鹿児島県 鹿児島市 | 銀行家官僚藩士 |
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1887年に生まれた人物については、「1887年生まれの人物」をご覧ください。
他の年については、「年一覧」をご覧ください。
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