1925年没の人物

概要

 1925年(大正14年)に死亡・亡くなった人物の一覧を掲載しています(五十音順)

 ※出身地は生まれた都道府県、出身地の市町村は現在の市町村、出没年は西暦で掲載しています。

一覧

名前出没年出身地概要

うえのひでさぶろう

上野英三郎
1872年~1925年三重県
津市
学者

忠犬ハチ公の飼い主としても知られ、日本の農業土木を創始した明治・大正時代の農学者

うえむらまさひさ

植村正久
1858年~1925年東京都
港区
教職者思想家

「東京神学社」の創設など、神学校育と伝道者養成などを行い日本のキリスト教教会の形成に大きな役割を果たした人物

おおまちけいげつ

大町桂月
1869年~1925年高知県
高知市
作家評論家詩人

和漢混在の独特な美文の紀行文や随筆などを著した人物

かしまえつ

鹿嶋ゑつ
1880年~1925年東京都
品川区
芸妓

明治時代に「ぽん太」の名前で人気を博し、その美貌から絵葉書や明治屋のビール広告にも使われた新橋芸者

きのしたりげん

木下利玄
1886年~1925年岡山県
岡山市
歌人

大正時代に、歌集『銀』『紅玉』などを発表した白樺派の歌人

こいけくにぞう

小池国三
1866年~1925年
甲府市
実業家銀行家

後の山一證券の源流となる「小池国三商店」や「小池銀行」などを創業した明治・大正時代の実業家

すがわちょうのすけ

須川長之助
1842年~1925年岩手県
紫波町
その他

幕末に、ロシアの植物学者カール・ヨハン・マキシモヴィッチに仕え、植物採集を行い、「チョウノスケソウ」を発見した人物

そんぶん

孫文
1866年~1925年中国
政治家活動家

初代中華民国臨時大総統であり、中国では「国父」と呼ばれる革命家・政治家

たかはしかつみ

高橋克己
1892年~1925年和歌山県
和歌山市
学者

タラの肝油からビタミンAを分離・抽出することに成功した明治・大正時代の農学者

なかむらさとる

中村覚
1854年~1925年滋賀県
軍人

日露戦争の旅順攻囲戦で「白襷隊」を指揮し、夜襲を行った帝国陸軍軍人

ひらたとうすけ

平田東助
1849年~1925年山形県
米沢市
大臣官僚議員藩士

山縣有朋の側近として知られ、産業組合法の制定などを行った明治・大正時代の政治家・官僚

まさきにろく

真崎仁六
1848年~1925年佐賀県
実業家

文房具メーカー「三菱鉛筆のルーツ」となる「眞崎鉛筆製造所」の創業者

やじまかじこ

矢嶋楫子
1833年~1925年熊本県
益城町
教育者活動家

肥後の猛婦と呼ばれ、「日本キリスト教婦人矯風会」会頭などを務めた明治・大正時代の女子教育者・婦人矯風運動家

よだべんぞう

依田勉三
1853年~1925年静岡県
松崎町
実業家

「晩成社」を率いて北海道の開拓を行い、「十勝開拓の父」と呼ばれた実業家・開拓者

よねはらうんかい

米原雲海
1869年~1925年島根県
安来市
彫刻家

木彫人物像を得意とし、『ジェンナー像』『仙丹』などを制作した明治・大正時代の彫刻家


 1925年に生まれた人物については、「1925年生まれの人物」をご覧ください。

 他の年については、「年一覧」をご覧ください。

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