1929年没の人物

概要

 1929年(昭和4年)に死亡・亡くなった人物の一覧を掲載しています(五十音順)

 ※出身地は生まれた都道府県、出身地の市町村は現在の市町村、生没年は西暦で掲載しています。

一覧

名前生没年場所概要

いのうえ よしか

井上 良馨1845年
~1929年
1845年~1929年軍人藩士

薩英戦争や戊辰戦争に参加し、明治維新後に海軍士官として活動。軍艦「雲揚」の艦長として江華島事件に関わり、その後は軍務局長、常備艦隊司令長官、海軍参謀部長、横須賀鎮守府司令長官などを歴任。大将に昇進し、元帥となった薩摩出身の海軍軍人。

うえすぎ しんきち

上杉 慎吉1878年
~1929年
1878年~1929年学者

戦前に、天皇主権説を主張し、天皇機関説を批判した憲法学者。

うちだ ろあん

内田 魯庵1868年
~1929年
1868年~1929年評論家作家翻訳家

明治・大正時代に、ドストエフスキー『罪と罰』などの翻訳、小説『社会百面相』などの執筆、文壇の俗物性を皮肉るなど文芸評論を行った人物。

おぶち しち

小渕 志ち1847年
~1929年
1847年~1929年実業家

群馬で身につけた製糸技術を携えて豊橋の二川へ移り、製糸会社「糸徳製糸」を創業。それまで利用価値の低かった玉繭から糸を取り出す方法を開発し、玉糸製糸の商品化に成功。豊橋が玉糸の産地として発展する道を開き、地域の製糸業の礎を築いた明治期の実業家。

さわだ しょうじろう

澤田 正二郎1892年
~1929年
1892年~1929年俳優

劇団「新国劇」を創設し、人気を博した大衆演劇の戦前の役者。

たなか ぎいち

田中 義一1864年
~1929年
1864年~1929年大臣議員軍人

張作霖爆殺事件で総辞職した内閣総理大臣・帝国陸軍軍人。

ちんだ すてみ

珍田 捨巳1857年
~1929年
1857年~1929年外交官

ポーツマス講和会議では桂太郎・小村寿太郎を支え、パリ講和会議では全権委員の1人となった戦前の外交官。

つだ うめこ

津田 梅子1864年
~1929年
1864年~1929年教育者

日本の女子教育の先駆者で、「女子英学塾」(現:津田塾大学)を設立した戦前の教育者。

ながい ながよし

長井 長義1845年
~1929年
1845年~1929年学者

エフェドリンを発見し、日本薬学会初代会頭に就き、日本薬学の始祖とされる薬学者。

わだ えい

和田 英1857年
~1929年
1857年~1929年職人

明治時代に、製糸場の実態などを記した『富岡日記』の作者である富岡製糸場の伝習工女。

ヴェンセスラウ・デ・モラエス

ヴェンセスラウ・デ・モラエス1854年
~1929年
1854年~1929年外交官軍人作家

明治時代に外交官として来日し、徳島に在住し『徳島日記』『徳島の盆踊り』などを著したポルトガル人。

 1929年に生まれた人物については、「1929年生まれの人物」をご覧ください。

 他の年については、「年一覧」をご覧ください。

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