概要
1959年(昭和34年)に死亡・亡くなった人物の一覧を掲載しています(五十音順)
※出身地は生まれた都道府県、出身地の市町村は現在の市町村、出没年は西暦で掲載しています。
一覧
名前 | 出没年 | 出身地 | 概要 | あしだひとし 芦田均 | 1887年~1959年 | 京都府 福知山市 | 大臣議員外交官 戦後のGHQ統治下で、第47代内閣総理大臣となった外交官・政治家 | あべじろう 阿部次郎 | 1883年~1959年 | 山形県 酒田市 | 学者作家 大正・昭和期の学生必読書である『三太郎の日記』などを著した哲学者・作家 | いしいしろう 石井四郎 | 1892年~1959年 | 千葉県 芝山町 | 軍人医者 戦前、関東軍防疫給水部(731部隊)を創設・指揮し、生物兵器の研究を行った帝国陸軍軍人・軍医 | おおはししんいち 大橋進一 | 1885年~1959年 | 新潟県 長岡市 | 実業家 父・大橋新太郎の跡を継ぎ、出版社「博文館」の社長となるが、終戦後、自ら博文館を解体させた実業家 | おだじまじゅじん 小田島樹人 | 1885年~1959年 | 秋田県 鹿角市 | 作曲家教育者 童謡『おもちゃのマーチ』などを作曲した音楽家・教師 | かなもりとくじろう 金森徳次郎 | 1886年~1959年 | 愛知県 名古屋市 | 大臣議員官僚学者 憲法担当国務大臣として、日本国憲法の制定に尽力した政治家・憲法学者・官僚 | かりがねじゅんいち 雁金準一 | 1879年~1959年 | 東京都 文京区 | 棋士 日本棋院を脱退、棋正社を結成し、日本棋院との院社対抗戦などで、本因坊秀哉とライバル関係にあった囲碁棋士 | きたおうじろざんじん 北大路魯山人 | 1883年~1959年 | 京都府 京都市 | 実業家料理人画家陶芸家書家 会員制食堂「美食倶楽部」の創設などをはじめ、陶芸・絵画・料理など様々な分野で活躍した芸術家 | くぼたごんしろう 久保田権四郎 | 1870年~1959年 | 広島県 尾道市 | 実業家発明家 産業機械メーカー「久保田鉄工所」(現:クボタ)の創業者・発明家 | ごとうけいた 五島慶太 | 1882年~1959年 | 長野県 青木村 | 実業家大臣官僚 鉄道会社「東京急行電鉄」の事実上の創業者で、数々の競合企業を次々と買収したことから「強盗慶太」の異名を取った実業家 | さとうこうとく 佐藤幸徳 | 1893年~1959年 | 山形県 | 軍人 太平洋戦争時に、インパール作戦でその無謀さから独断で師団を退却させた帝国陸軍軍人 | たかはまきょし 高浜虚子 | 1874年~1959年 | 愛媛県 松山市 | 俳人作家 『虚子句集』などを著し、明治・大正・昭和の3代にわたって活躍したホトトギス派の俳人 | とちぎやまもりや 栃木山守也 | 1892年~1959年 | 栃木県 栃木市 | 力士 第27代横綱となった大相撲力士 | ながいかふう 永井荷風 | 1879年~1959年 | 東京都 文京区 | 作家 耽美派作家として活躍し、『あめりか物語』『濹東綺譚』『断腸亭日乗』などを著した小説家 | はとやまいちろう 鳩山一郎 | 1883年~1959年 | 東京都 新宿区 | 大臣議員 日ソ共同宣言を締結し、ソ連との国交回復を行った内閣総理大臣 | ひじかたよし 土方与志 | 1898年~1959年 | 東京都 港区 | 演出家 戦前に私財を投じて、築地小劇場を開設、当劇場を拠点に新劇運動を興した演出家 | ふらんく・ろいど・らいと フランク・ロイド・ライト | 1867年~1959年 | アメリカ | 建築家 日本では「帝国ホテル」などの設計にあたった建築家 |
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1959年に生まれた人物については、「1959年生まれの人物」をご覧ください。
他の年については、「年一覧」をご覧ください。
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