足利義視

概要

 足利 義視は、将軍足利義政の後継となるが、足利義尚が誕生し、家督を争うことになった人物です。

名 前足利 義視 (あしかが よしみ)
生没年1439年3月3日(永享11年閏1月18日)~1491年2月15日(延徳3年1月7日)
出身地山城国(現:京都府)
時 代室町戦国
父 親足利義教、(養父)足利義政
母 親小宰相局
配偶者(正室)日野良子
子 供足利義稙、実相院義忠、慈照院周嘉、水野義純、照禅院了玄
家 族
備 考

略年表

 足利 義視の人生について、簡単に分かりやすくした略年表です。

年齢出来事
1439年(永享11年)1歳生誕
1464年(寛正5年)26歳還俗し将軍の後継となる
1467年(文正2年/応仁元年)29歳応仁の乱
北畠氏を頼り伊勢に下向
1468年(応仁2年)30歳帰京し、西軍に合流
1477年(文明9年)39歳応仁の乱終わる
土岐氏を頼り美濃に亡命
1490年(延徳2年)52歳義材は10代将軍となり、将軍の父として大御所となる
1491年(延徳3年)53歳病死

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