概要
1897年(明治30年)に誕生・生まれた人物の一覧を掲載しています(五十音順)
※出身地は生まれた都道府県、出身地の市町村は現在の市町村、生没年は西暦で掲載しています。
一覧
| 名前 | 生没年 | 場所 | 概要 | |
|---|---|---|---|---|
あがつま さかえ 我妻 栄 | 1897年~1973年 | 学者 戦後の憲法改正に伴う家族法の大改正に携わり、「我妻民法」といわれる独自の民法体系を作り上げた戦後を代表する民法学者。 | ||
あるが こうさく 有賀 幸作 | 1897年~1945年 | 軍人 太平洋戦争で、戦艦大和の最後の艦長として戦死した帝国海軍軍人。 | ||
いしもと しゅういち 石本 秀一 | 1897年~1982年 | スポーツ監督 広島東洋カープの初代監督で、戦前・戦後を通じて、計プロ野球6球団の監督となった人物。 | ||
いわくろ ひでお 岩畔 豪雄 | 1897年~1970年 | 軍人 戦前に陸軍中野学校を設立、インド国民軍・自由インド仮政府の樹立にも携わった帝国陸軍軍人。 | ||
うしはら きよひこ 牛原 虚彦 | 1897年~1985年 | 映画監督 戦前に、映画『彼と東京』『彼と田園』『陸の王者』など、鈴木傳明とのコンビで明朗な青春映画などを制作した映画監督。 | ||
うの こうぞう 宇野 弘蔵 | 1897年~1977年 | 学者 「宇野学派」と称される学派を築いたマルクス経済学者。 | ||
うの ちよ 宇野 千代 | 1897年~1996年 | 作家編集者 多くの著名人との恋愛でも知られ、『色ざんげ』『おはん』『生きて行く私』などを著した小説家・随筆家。 | ||
おおが たけお 相賀 武夫 | 1897年~1938年 | 実業家 出版社「小学館」「集英社」を創業した戦前の実業家。 | ||
おおしろ かまきち 大城 鎌吉 | 1897年~1992年 | 実業家議員 建設業で成功をおさめ、資材・商事・映画興業・百貨店など多方面で事業展開し、グループ会社からなる「大扇会」を組織した実業家。 | ||
おおたに けいじろう 大谷 敬二郎 | 1897年~1976年 | 軍人作家 東京憲兵隊隊長や東部憲兵隊司令官などを務め、アメリカ軍捕虜の殺害事件である「東京上野憲兵隊事件」に関与した帝国陸軍軍人・憲兵。 | ||
おかざき かへいた 岡崎 嘉平太 | 1897年~1989年 | 実業家銀行家 池貝鉄工や丸善石油を再建し、後に全日空社長となった実業家。 | ||
おかもと てんめい 岡本 天明 | 1897年~1963年 | 神職 神示を自動書記によって記述したとされる書物『日月神示』を著した神道家。 | ||
おぐち たろう 小口 太郎 | 1897年~1924年 | 学者 電信電話に関する科学者であるが、「琵琶湖周航の歌」の作詞者として知られる明治・大正時代の人物。 | ||
おさらぎ じろう 大佛 次郎 | 1897年~1973年 | 作家 『鞍馬天狗』シリーズで有名な他、歴史小説・現代小説・ノンフィクション・童話など、幅広く手がけた小説家。 | ||
おづ きのすけ 尾津 喜之助 | 1897年~1977年 | その他 関東尾津組組長で、「光は新宿より」のキャッチ・フレーズで戦後の闇市で幅を利かせた人物。 | ||
おなは ぶーてん 小那覇 舞天 | 1897年~1969年 | 芸人 戦後のアメリカ占領下で、沖縄のチャップリンと呼ばれ、人気を博した芸人。 | ||
おのでら まこと 小野寺 信 | 1897年~1987年 | 軍人翻訳家 ヤルタ会談のソ連の対日参戦の情報をつかんだが、参謀本部に握りつぶされた帝国陸軍軍人。 | ||
かせ しゅんいち 加瀬 俊一 | 1897年~1956年 | 外交官 スイス公使のとき、ポツダム宣言受諾を連合国代表に正式に通知した外交官。 | ||
かせだ てつひこ 加世田 哲彦 | 1897年~1971年 | 軍人 海軍兵学校と海軍大学校で学び、霞ヶ浦海軍航空隊などに勤務。昭和初期に矢野祐太郎とともに宗教団体「神政龍神会」の結成に関わり、予備役編入後に不敬罪で有罪判決を受け、失官した、最終階級が中佐の海軍軍人。 | ||
かとう とうくろう 加藤 唐九郎 | 1897年~1985年 | 陶芸家研究家 贋作をつくり、「永仁の壺事件」を起こした陶芸家・陶芸研究家。 | ||
1897年に亡くなった人物については、「1897年没の人物」をご覧ください。
他の年については、「年一覧」をご覧ください。
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