概要
1928年(昭和3年)に死亡・亡くなった人物の一覧を掲載しています(五十音順)
※出身地は生まれた都道府県、出身地の市町村は現在の市町村、生没年は西暦で掲載しています。
一覧
| 名前 | 生没年 | 場所 | 概要 | |
|---|---|---|---|---|
あべ かめじ 阿部 亀治 | 1868年~1928年 | 農家 明治時代の庄内で、冷害の中でも倒れずに実った稲の穂を見いだし、選抜を重ねて水稲品種「亀ノ尾」を育成。種籾を無償で分けるなどして普及に努め、その系譜が「コシヒカリ」や「ササニシキ」など多くの品種につながった、稲作の改良に尽くした民間育種家。 | ||
いわした きよちか 岩下 清周 | 1857年~1928年 | 実業家銀行家議員 明治・大正時代に、金融機関「北浜銀行」や鉄道会社「箕面有馬電気軌道」(現:阪急電鉄)などの設立に携わった実業家。 | ||
うめがたに とうたろう 梅ヶ谷 藤太郎 | 1845年~1928年 | 力士 第15代横綱であり、「相撲道中興の祖」と称され、明治時代前期の角界の第一人者とされる大相撲力士。 | ||
うりゅう しげこ 瓜生 繁子 | 1861年~1928年 | 演奏家教育者 西洋音楽に関し大学教育を受けた最初の日本人で、日本最初のピアニストとされる明治・大正時代の人物。 | ||
おおくら きはちろう 大倉 喜八郎 | 1837年~1928年 | 実業家教育者 土木会社「大倉土木組」(現:大成建設)など、数多くの企業を設立し、戦前の中堅財閥である「大倉財閥」の設立した実業家。 | ||
おおしま ひさなお 大島 久直 | 1848年~1928年 | 軍人 日清戦争に出征、日露戦争では旅順攻略戦・奉天会戦に参加し、陸軍大将となった帝国陸軍軍人。 | ||
おおつき ふみひこ 大槻 文彦 | 1847年~1928年 | 学者 日本初の近代的国語辞典『言海』の編纂者である日本語学者。 | ||
くじょう たけこ 九条 武子 | 1887年~1928年 | 教育者歌人社会事業家 「大正三美人」の1人とされ、「京都高等女学校」(現:京都女子大学)の設立に携わるなどした教育者・歌人・社会事業家。 | ||
ごとう ゆうきち 後藤 勇吉 | 1896年~1928年 | パイロット 日本初の航空機による旅客輸送や日本一周飛行などを行ったが、太平洋横断無着陸飛行計画の訓練中に墜落死したパイロット。 | ||
さえき ゆうぞう 佐伯 祐三 | 1898年~1928年 | 画家 『郵便配達夫』などの作品で知られ、フランスで客死した大正・昭和初期の洋画家。 | ||
たぐち けんきち 田口 謙吉 | 1858年~1928年 | 実業家 製薬メーカー「参天製薬」を創業し、風邪薬や目薬などをヒットさせた明治時代の実業家。 | ||
たけうち めいたろう 竹内 明太郎 | 1860年~1928年 | 実業家議員教育者 鉱山経営から機械工業へ事業を広げ、建設機械メーカー「小松製作所」の母体となる機械メーカー「小松鉄工所」を設立。国産自動車の開発支援や早稲田大学理工科の創設にも尽力。品質向上と技術革新、人材育成を重んじ、日本の工業化を推進した実業家。 | ||
たしろ あんてい 田代 安定 | 1857年~1928年 | 学者 八重山諸島の動植物・民族の調査などを行った植物学者。 | ||
のぐち ひでよ 野口 英世 | 1876年~1928年 | 学者医者 福島県猪苗代出身で、幼少期の左手のやけどと、その治療を契機に医師を志望。渡米後は梅毒などの感染症を研究し、進行麻痺患者の脳内に梅毒の病原体が存在することを証明。黄熱病の研究で訪れた西アフリカで、自らも感染して亡くなった細菌学者。 | ||
ひろい いさみ 広井 勇 | 1862年~1928年 | 学者 小樽港・秋田港の築港、広瀬橋・豊平橋の設計などを行い、「港湾工学の父」と呼ばれた土木工学者。 | ||
みずしま てつや 水島 銕也 | 1864年~1928年 | 教育者 明治時代に神戸高等商業学校(現:神戸大学)の初代校長となった教育者。 | ||
わかやま ぼくすい 若山 牧水 | 1885年~1928年 | 歌人 旅先の自然や恋愛、酒を題材に、親しみやすい調べの短歌を制作。歌集『別離』で注目を集め、歌誌『創作』を通じて短歌の発表と後進の育成に尽力。晩年は沼津を生活の拠点とし、千本松原の伐採に反対するなど、自然と人の暮らしに目を向けた近代日本の歌人。 | ||
1928年に生まれた人物については、「1928年生まれの人物」をご覧ください。
他の年については、「年一覧」をご覧ください。
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