概要
1963年(昭和38年)に死亡・亡くなった人物の一覧を掲載しています(五十音順)
※出身地は生まれた都道府県、出身地の市町村は現在の市町村、出没年は西暦で掲載しています。
一覧
名前 | 出没年 | 出身地 | 概要 | いたやはざん 板谷波山 | 1872年~1963年 | 茨城県 筑西市 | 陶芸家 日本の近代陶芸の開拓者で、明治から昭和中期まで活躍し、陶芸家としては初の文化勲章を受章した人物 | おかもとてんめい 岡本天明 | 1897年~1963年 | 岡山県 倉敷市 | 神職 神示を自動書記によって記述したとされる書物『日月神示』を著した神道家 | おづやすじろう 小津安二郎 | 1903年~1963年 | 東京都 江東区 | 映画監督脚本家 映画『晩春』『麦秋』『東京物語』『秋刀魚の味』などを制作した昭和を代表する映画監督 | かわしまゆうぞう 川島雄三 | 1918年~1963年 | 青森県 むつ市 | 映画監督 『幕末太陽傳』『貸間あり』『雁の寺』などを制作した映画監督 | こばやしそうさく 小林宗作 | 1893年~1963年 | 群馬県 東吾妻町 | 研究家 戦前の日本において、二度のヨーロッパ留学で、音楽を基盤としたリトミック教育を日本に導入・普及させ、その実践の場として「トモエ学園」を創設した研究者 | ささきのぶつな 佐佐木信綱 | 1872年~1963年 | 三重県 鈴鹿市 | 学者歌人 歌集『思草』などを著すとともに、『万葉集』の研究・普及に尽力した国文学者・歌人 | しぶさわとくじ 渋沢篤二 | 1896年~1963年 | 東京都 江東区 | 実業家 渋沢栄一の次男で、渋沢家を引き継ぐ予定だったが、芸者とのスキャンダルで廃嫡された実業家 | しんばしきよぞう 新橋喜代三 | 1903年~1963年 | 鹿児島県 西之表市 | 歌手芸妓 売れっ子芸者であったが、中山晋平に見出され、『鹿児島小原良節』『明治一代女』などのヒット曲を歌った戦前の歌手・芸妓 | すえひろひろこ 末弘ヒロ子 | 1893年~ 1963年 | 福岡県 北九州市 | その他 日本初の全国的ミスコンテストとされる「日本美人写真募集」において第1位となり、日本のミスコン優勝者第1号と言われる女性 | すがたてひこ 菅楯彦 | 1878年~1963年 | 鳥取県 鳥取市 | 画家 独学で画を学び、大阪を愛したことから、大阪の市井風俗や歴史画を多く描いた日本画家 | すずきよしお 鈴木義男 | 1894年~1963年 | 福島県 白河市 | 大臣議員学者弁護士 日本国憲法の制定にあたり、生存権の制定に尽力・寄与した政治家・弁護士・法学者 | とくがわよしとし 徳川好敏 | 1884年~1963年 | 東京都 | 軍人 清水徳川家第8代当主で、日野熊蔵と共に、日本で初めて飛行に成功した帝国陸軍軍人・華族 | のむらこどう 野村胡堂 | 1882年~1963年 | 岩手県 紫波町 | 作家評論家 小説『銭形平次捕物控』などを著した小説家・音楽評論家 | はせがわ しん 長谷川 伸 | 1884年~1963年 | 神奈川県 横浜市 | 作家劇作家 『瞼の母』『関の弥太っぺ』『荒木又右衛門』などを著し、股旅物の作者として知られた小説家・劇作家 | ひがしおんなかんじゅん 東恩納寛惇 | 1882年~1963年 | 沖縄県 那覇市 | 学者 戦前より、主に『歴代宝案』を調べ、沖縄史を研究した歴史学者 | ひゃくたけさぶろう 百武三郎 | 1872年~1963年 | 佐賀県 | 軍人官僚 第3艦隊参謀として日露戦争で日本海海戦を戦い、太平洋戦争時に侍従長として昭和天皇に仕えた帝国海軍軍人 | みやざきどうあん 宮崎童安 | 1888年~1963年 | 福井県 越前市 | 詩人 『乞食桃水』『永遠の幼児』などを著した詩人 | もるがんおゆき モルガンお雪 | 1881年~1963年 | 京都府 京都市 | 芸妓 明治時代にアメリカの大富豪J.P.モルガンの甥と結婚し、「日本のシンデレラ」と呼ばれた芸妓 | よしだ ひでお 吉田 秀雄 | 1903年~1963年 | 福岡県 北九州市 | 実業家 「鬼十則」で知られ、「広告の鬼」などと呼ばれた広告会社「電通」の経営者 |
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1963年に生まれた人物については、「1963年生まれの人物」をご覧ください。
他の年については、「年一覧」をご覧ください。
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