島根県の武将・武士

概要

 島根県で生まれたり、島根県にゆかりのある武将・武士の一覧を掲載しています(五十音順)

 ※出身地は生まれた都道府県、出身地の市町村は現在の市町村、生没年は西暦で掲載しています。

  島根県の出身者・ゆかりのある人物全体については、「島根県の人物」をご覧ください。

一覧

名前生没年場所概要
出身者出身者

あまご つねひさ

尼子 経久1458年
~1541年
1458年~1541年島根県大名武将

下克上の先駆者の一人と言われ、一時は出雲守護代を追われるが、その後、山陰地方を支配した戦国大名。

出身者出身者

あまご はるひさ

尼子 晴久1514年
~1561年
1514年~1561年島根県大名武将

尼子経久の孫で、中国地方11カ国のうち8カ国の守護を兼任し尼子氏の最盛期を築いた戦国大名。

出身者出身者

あまご よしひさ

尼子 義久1540年
~1610年
1540年~1610年島根県大名武将

父・尼子晴久の急死で家督を継ぐが、毛利元就に攻められ降伏し、毛利氏の客分となった戦国大名・武将。

ゆかりゆかり

おおうち よしおき

大内 義興1477年
~1529年
1477年~1529年島根県大名武将

周防・長門・石見・安芸・筑前・豊前・山城の7ヶ国の守護職となり、足利義稙を将軍職に復職させた戦国大名。

石見国の守護を兼任する

出身者出身者

かめい これのり

亀井 茲矩1557年
~1612年
1557年~1612年島根県
松江市
大名武将藩主

尼子氏の滅亡後、豊臣家・徳川家に仕え、鳥取城攻略などで武功を挙げるとともに産業振興なども行い、鹿野藩初代藩主となった戦国武将。

ゆかりゆかり

かめい これみ

亀井 茲監1825年
~1885年
1825年~1885年島根県藩主首長官僚

津和野藩主として、学問を奨励し、維新後の新政府では宗教関係の行政に携わった人物。

津和野藩主として幕末の藩政を担った

出身者出身者

きっかわ つねいえ

吉川 経家1547年
~1581年
1547年~1581年島根県武将

毛利氏の家臣で、羽柴秀吉率いる中国討伐軍に対して、鳥取城で籠城戦を行い、降伏・自害した戦国武将。

ゆかりゆかり

くちば みちよし

口羽 通良1513年
~1582年
1513年~1582年島根県武将

毛利氏の重臣で、主に吉川元春を補佐して山陰地方の制圧・統治を行った戦国武将。

石見の宗林寺を整備し、口羽氏の菩提寺に

出身者出身者

たけだ かんりゅうさい

武田 観柳斎不明
~1867年
不明~1867年島根県武士

幕末の京都で「新選組」の五番隊組長を務め、池田屋事件の褒賞名簿に名を残し、近藤勇と長州訊問使にも随行した隊士。

ゆかりゆかり

ほりお ただうじ

堀尾 忠氏1578年
~1604年
1578年~1604年島根県大名武将

徳川家康に仕え、松江藩初代藩主となったが、禁足地に入り急死したとされる安土桃山時代・江戸時代の大名。

関ヶ原後に出雲・隠岐24万石を領有

ゆかりゆかり

まつだいら なおまさ

松平 直政1601年
~1666年
1601年~1666年島根県大名武将藩主

大坂の陣で武功を上げ、上総国姉ヶ崎藩主・越前国大野藩主・信濃国松本藩主・出雲国松江藩初代藩主となった大名。

信濃松本から転封され松江藩主となる

ゆかりゆかり

まつだいら ふまい

松平 不昧1751年
~1818年
1751年~1818年島根県藩主茶人

藩の財政改革を行うと共に、江戸時代後期の代表的茶人として知られる松江藩七代藩主。

第七代松江藩主を務めた

出身者出身者

やまなか しかのすけ

山中 鹿之介1545年頃
~1578年
1545年頃~1578年島根県
安来市
武将

尼子十勇士の一人で、「山陰の麒麟児」の異名を取り、尼子氏の再興を図ろうとした戦国武将。

 他の都道府県の出身者・ゆかりのある人物については、「人物の都道府県一覧」をご覧ください。

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