静岡県の出身者・ゆかりのある武将・武士

概要

 静岡県で生まれたり、静岡県にゆかりのある武将・武士の一覧を掲載しています(五十音順)

 ※出身地は生まれた都道府県、出身地の市町村は現在の市町村、出没年は西暦で掲載しています。

一覧

名前出没年出身地概要
出身者

あしかが よしずみ

足利 義澄
1481年~1511年静岡県
将軍武将

細川政元に将軍として擁立されたが、前将軍足利義尹大内義興に京を追われ、将軍職を廃された室町幕府第11代将軍

出身者

いい なおかつ

井伊直勝
1590年~1662年静岡県
浜松市
大名武将藩主

井伊直政の長男で、佐和山藩主や安中藩初代藩主となった大名・武将

出身者

いい なおたか

井伊 直孝
1590年~1659年静岡県
焼津市
大名武将藩士

白井藩主・彦根藩主を務め、大坂夏の陣でも活躍し、譜代大名の重鎮として幕府を支えた大名・武将

出身者

いい なおとら

井伊 直虎
不明~1582年静岡県
浜松市
武将

井伊直盛の娘で、大河ドラマのモデルとなった戦国・安土山時代の女性領主

出身者

いい なおまさ

井伊 直政
1561年~1602年静岡県
浜松市
大名武将

「徳川四天王」の1人で徳川家康に仕え、数々の戦功をあげ、高崎藩主・彦根藩主となった戦国大名・武将

出身者

いい なおもり

井伊 直盛
不明~1560年静岡県
武将

女領主・井伊直虎の父で、今川家に仕えていたが桶狭間の戦いで討死した戦国武将

出身者

いたくら しげまさ

板倉 重昌
1588年~1638年静岡県
静岡市
大名武将藩主

島原の乱で総大将となったが、統制がとれず、総攻撃を行い戦死した深溝藩主

出身者

いまがわ うじざね

今川 氏真
1538年~1615年静岡県
大名武将

今川義元の子で、今川家滅亡を招くが、その後、北条家・徳川家の庇護を受け、生き延びた戦国大名

ゆかり

いまがわ うじちか

今川 氏親
1471年頃~1526年不明
大名武将

叔父・伊勢盛時の援助で家督を継承し、国法「仮名目録」の制定・検地の実施などを行うとともに、遠江を平定した戦国大名

出身者

いまがわ よしもと

今川 義元
1519年~1560年静岡県
大名武将

「海道一の弓取り」の異名を持ち、駿河・遠江を支配したが、桶狭間の戦いで織田信長に討ち取られた戦国大名

出身者

えがわ ひでたつ

江川 英龍
1801年~1855年静岡県
韮山市
幕臣

反射炉を築き、日本に西洋砲術を普及させた幕臣

ゆかり

おおくぼ ただよ

大久保 忠世
1532年~1594年愛知県
岡崎市
武将

徳川十六神将の1人に数えられ、二俣城主・小田原城主などとなった戦国時代の武将

ゆかり

おおすが やすたか

大須賀 康高
1527年~1589年愛知県
岡崎市
武将

徳川家康に仕え、横須賀城主として武田家と戦い、小牧・長久手の戦いなどでも武功を挙げた戦国武将

出身者

おかべ まさつな

岡部 正綱
1542年~1584年静岡県
武将

今川氏・武田氏・徳川氏に仕え、徳川家康の甲斐平定に力を尽くした戦国武将

出身者

おがさわら のぶおき

小笠原 信興
不明~不明静岡県
武将

高天神城主で、今川家・徳川家に仕えていたが、第一次高天神城の戦いで降伏し、武田家に仕えた戦国武将

出身者

おがさわら のぶおき

小笠原 信興
1528年~1582年静岡県
武将

今川家・武田家に仕え、駿河先方衆筆頭として武田家で重用されたが、甲州征伐で降伏・自害した戦国武将

出身者

おばた とらもり

小幡 虎盛
1491年~1561年静岡県
武将

武田信虎武田信玄2代に仕え、歴戦の勇者として、甲斐統一や今川氏・北条氏と戦いなどで活躍した戦国武将

ゆかり

かじわら かげとき

梶原 景時
1140年頃~1200年神奈川県
鎌倉市
武将

石橋山の戦いで源頼朝を救い重用・信頼され、侍所所司などを務めるが、頼朝死後、梶原景時の変で滅ぼされた鎌倉時代の武将

ゆかり

せきぐち たかよし

関口 隆吉
1836年~1889年東京都
墨田区
首長官僚幕臣

山口県県令時代には萩の乱を鎮圧し、静岡県知事として静岡県内初の女子教育機関「静岡女学校」の設立などを行った政治家・幕臣

出身者

せきぐち ちかなが

関口 親永
1518年~1562年静岡県
武将

徳川家康の正室・築山殿の父で、今川家に仕えていたが、徳川家康が今川氏から独立した際に、今川氏真に疑われ自害した戦国武将


 他の都道府県の出身者・ゆかりのある人物については、「人物の都道府県一覧」をご覧ください。

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