和歌山県の武将・武士

概要

 和歌山県で生まれたり、和歌山県にゆかりのある武将・武士の一覧を掲載しています(五十音順)

 ※出身地は生まれた都道府県、出身地の市町村は現在の市町村、出没年は西暦で掲載しています。

  和歌山県の出身者・ゆかりのある人物全体については、「和歌山県の人物」をご覧ください。

一覧

名前出没年出身地概要
ゆかり

あさのながあきら

浅野長晟
1586年~1632年滋賀県
大津市
武将藩主

浅野長政の次男で、足守藩主、和歌山藩第2代藩主、広島藩初代藩主などとなった人物

ゆかり

あさのよしなが

浅野幸長
1576年~1613年滋賀県
大津市
大名武将藩主

浅野長政の長男で、甲斐国の領主となるが豊臣秀次を擁護し配流となり、その後関ヶ原の戦いでの功で初代紀州藩主となった大名・武将

出身者

いざわやそべえ

井沢弥惣兵衛
1654年~1738年和歌山県
海南市
幕臣藩士

見沼干拓や見沼代用水開削などをはじめ、江戸時代に各地で灌漑や新田開発に尽力した人物

出身者

さいぎょう

西行
1118年~1190年和歌山県
紀の川市
歌人僧侶武士

武士であったが出家し、『新古今和歌集』にも数多くの和歌が入撰、『山家集』などを著した歌人

ゆかり

さなだまさゆき

真田昌幸
1547年~1611年長野県
大名武将

武田家家臣時代には「信玄の眼」とも言われ、その後、上田合戦で徳川軍を撃退した戦国大名・武将

ゆかり

さなだゆきむら

真田幸村
1567年~1615年長野県
武将

真田昌幸の次男で、豊臣家臣として大阪の陣で活躍した戦国・江戸時代の武将

出身者

すずきしげおき

鈴木重意
不明~不明和歌山県
武将

戦国時代の紀伊国の国人で、紀州畠山氏に従い、三好氏と戦った雑賀党鈴木氏の武将

ゆかり

たぐちのしげよし

田口成良
不明~不明不明
武将

平清盛に仕え、平家の有力家人として活躍するが、壇ノ浦の戦いの最中に平氏を裏切った平安時代末期の武将

出身者

だてちひろ

伊達千広
1802年~1877年和歌山県
学者藩士

史論書『大勢三転考』の著者で、紀州藩内で藩政改革や尊王論を主導し、2度幽閉された国学者・紀州藩士

出身者

つだいずる

津田出
1832年~1905年和歌山県
和歌山市
藩士官僚議員

明治初頭、和歌山藩大参事として、徴兵制・郡県制を施行するなど、明治新政府に先駆けて藩政改革を行った藩士・官僚

ゆかり

とくがわはるさだ

徳川治貞
1728年~1789年不明
藩主

熊本藩主・細川重賢と並び「紀州の麒麟、肥後の鳳凰」と賞された名君で、倹約などを奨励し紀州藩の財政再建に貢献した江戸時代中期の紀州藩主・西条藩主

出身者

とくがわよしむね

徳川吉宗
1684年~1751年和歌山県
将軍藩主

享保の改革を行い「米将軍」と呼ばれた江戸幕府の第8代将軍・紀伊藩主

ゆかり

とくがわよりのぶ

徳川頼宣
1602年~1671年京都府
京都市
大名武将藩主

徳川家康の10男で、和歌山城の改築、城下町の整備などを行い、紀州藩の繁栄の基礎を築いた紀州徳川家の祖・初代紀州藩主

ゆかり

はしばひでなが

羽柴秀長
1540年~1591年愛知県
名古屋市
大名武将

豊臣秀吉の弟で、政務・軍事面で豊臣秀吉の天下統一に貢献し、大和・紀伊・和泉3ヶ国の大名となった戦国武将

ゆかり

はたけやまたかまさ

畠山高政
1527年~1576年不明
大名武将

紀伊国・河内国を治めていたが、三好家との戦いなどに敗れ、河内を追われた守護大名・戦国大名

ゆかり

みずのただなか

水野忠央
1814年~1865年東京都
藩主藩士

藩政においては産業育成・軍事刷新などを図り、幕政では井伊直弼を支持し失脚した新宮藩主・紀州藩附家老

出身者

むさしぼうべんけい

武蔵坊弁慶
不明~1189年和歌山県
僧侶武士

五条の大橋で源義経と出会い、郎党として仕え、最後まで忠臣として源義経を守った僧兵

出身者

むつむねみつ

陸奥宗光
1844年~1897年和歌山県
和歌山市
大臣首長議員外交官官僚志士

「カミソリ大臣」とも呼ばれ、外務大臣として不平等条約の改正を行い、領事裁判権の撤廃を行った政治家

ゆかり

もくじきおうご

木食応其
1536年~1608年滋賀県
僧侶

武士であったが出家、豊臣秀吉の高野山攻めにあたり和議を結び、高野山を再興した戦国・安土山時代の真言宗の僧侶


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