1860年生まれの人物

概要

 1860年(安政6年/安政7年/万延元年)に誕生・生まれた人物の一覧を掲載しています(五十音順)

 ※出身地は生まれた都道府県、出身地の市町村は現在の市町村、出没年は西暦で掲載しています。

一覧

名前出没年出身地概要

いさかなおもと

井坂直幹
1860年~1921年茨城県
水戸市
実業家

製材会社「秋田木材」などを設立し、能代を「木都」に育てた明治・大正時代の実業家

いぢちひこじろう

伊地知彦次郎
1860年~1912年鹿児島県
軍人

日露戦争で、連合艦隊旗艦「三笠」艦長として従軍した明治時代の帝国海軍軍人

おおかわへいさぶろう

大川平三郎
1860年~1936年埼玉県
坂戸市
実業家議員

「富士製」「九州製」「中央製」の社長になるなど、「日本の製紙王」と呼ばれ、「大川財閥」を築いた戦前の実業家

おおやますてまつ

大山捨松
1860年~1919年福島県
会津若松市
社会事業家

日本最初の女子留学生の一人であり、大山巌の妻で、愛国婦人会理事、赤十字篤志看護会などの社会活動を行った人物

おがわかずまさ

小川一真
1860年~1929年埼玉県
行田市
カメラマン

明治・大正時代に活躍、写真乾板の国産化を試みるなど、日本の写真文化の発展に影響を与えた写真家

おがわじへえ

小川治兵衛(7代)
1860年~1933年京都府
長岡京市
造園家

近代日本庭園の先駆者とされ、「平安神宮神苑」「八坂神社神苑」など、多くの近代日本庭園を手掛けた戦前の庭師

かとうたかあき

加藤高明
1860年~1926年愛知県
愛西市
大臣議員外交官

第24代内閣総理大臣となった政治家

かのうじごろう

嘉納治五郎
1860年~1938年兵庫県
神戸市
柔道家教育者

講道館柔道の創始者であり、「柔道の父」と呼ばれる、戦前の柔道家・教育家

くるしまつねき

来島恒喜
1860年~1889年福岡県
福岡市
活動家犯罪者

明治時代に、大隈重信の条約改正案に反対し、大隈重信を襲撃・自害した右翼活動家

しばごろう

柴五郎
1860年~1945年福島県
軍人

義和団の乱の際に、北京の公使館で60日の篭城戦を戦い抜いた帝国陸軍軍人

じんないいとこ

神中糸子
1860年~1943年和歌山県
和歌山市
画家

明治時代に、数少ない女性画家として工部美術学校でフォンタネージなどに学び、女子美術教育にも尽力した洋画家

たかたさなえ

高田早苗
1860年~1938年東京都
江東区
大臣議員教育者

早稲田大学の学長・総長として、近代的な私学経営を導入した教育者・政治家

たけうちめいたろう

竹内明太郎
1860年~1928年高知県
宿毛市
実業家議員教育者

建機メーカー「小松製作所」の創業者・政治家

なかむらがんじろう

中村鴈治郎(初代)
1860年~1935年大阪府
大阪市
歌舞伎役者

大阪随一の花形役者として人気を博し、東京での興行も大成功させた明治・大正時代の歌舞伎役者

ねづかいちろう

根津嘉一郎(初代)
1860年~1940年
実業家議員教育者

甲州財閥の1人で、資本関係をもった鉄道会社が25 社にものぼり「鉄道王」と呼ばれた戦前の実業家

はぎのすえきち

萩野末吉
1860年~1940年岡山県
軍人

ロシアの情報調査などを行い、情報将校の元祖として知られる明治時代の帝国陸軍軍人

はやしごんすけ

林権助
1860年~1939年福島県
会津若松市
外交官

特命全権公使として、日韓議定書・第一次日韓協約・第二次日韓協約の締結に携わった外交官

ひびおうすけ

日比翁助
1860年~1931年福岡県
久留米市
実業家

明治時代後期に、日本初の百貨店となる「三越百貨店」を創業し、三越の経営改革を進めた経営者

みやけせつれい

三宅雪嶺
1860年~1945年石川県
金沢市
評論家学者

国粋主義・日本主義を主張し、徳富蘇峰と並んで、戦前の論壇の雄として活躍した評論家


 1860年に亡くなった人物については、「1860年没の人物」をご覧ください。

 他の年については、「年一覧」をご覧ください。

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