概要
1873年(明治6年)に誕生・生まれた人物の一覧を掲載しています(五十音順)
※出身地は生まれた都道府県、出身地の市町村は現在の市町村、出没年は西暦で掲載しています。
一覧
名前 | 出没年 | 出身地 | 概要 | あさかわかんいち 朝河貫一 | 1873年~1948年 | 福島県 二本松市 | 学者 入来院家の古文書群などの研究を行い、イェール大学で日本人で初めて大学教授となった戦前の歴史学者 | あたかやいち 安宅弥吉 | 1873年~1949年 | 石川県 金沢市 | 実業家 総合商社「安宅産業」の創業や「甲南高等女学校」(現:甲南女子大学)の創設を行った戦前の実業家 | ありよしちゅういち 有吉忠一 | 1873年~1947年 | 京都府 宮津市 | 首長官僚 戦前に、千葉県・宮崎県・神奈川県・兵庫県などで知事を務めた内務官僚 | いずみきょうか 泉鏡花 | 1873年~1939年 | 石川県 金沢市 | 作家 『高野聖』『婦系図』『歌行燈』などを著し、幻想的な小説で知られる戦前の作家 | えぎたすく 江木翼 | 1873年~1932年 | 山口県 岩国市 | 大臣議員官僚 大正・昭和初期に、民政党の知恵袋として信頼され、総裁候補と目されるなど、党内で枢要な役割を担った政治家・官僚 | えだかまじろう 江田鎌治郎 | 1873年~1957年 | 新潟県 糸魚川市 | 技術者発明家実業家 明治時代に、日本酒の製造方法である「速醸もと」を発明し、「酒聖」「酒造界の大恩人」とも賞される発明者・実業家 | かつたぎんじろう 勝田銀次郎 | 1873年~1952年 | 愛媛県 松山市 | 実業家議員首長 勝田商店を創業し「三大船成金」の1人に数えられ、その後、神戸市長として辣腕を振るった実業家・政治家 | かわいぎょくどう 川合玉堂 | 1873年~1957年 | 愛知県 一宮市 | 画家 四条派と狩野派を巧みに融和させた独自の画風で、『行く春』『彩雨』などを制作した日本画家 | かわひがしへきごとう 河東碧梧桐 | 1873年~1937年 | 愛媛県 松山市 | 作家俳人 | きりゅうゆうゆう 桐生悠々 | 1873年~1941年 | 石川県 | ジャーナリスト 戦前に、信濃毎日新聞の主筆として「関東防空大演習を嗤ふ」を執筆し、軍批判を行うなどしたジャーナリスト | こばやしいちぞう 小林一三 | 1873年~1957年 | 山梨県 韮崎市 | 実業家大臣議員 | しもむらかんざん 下村観山 | 1873年~1930年 | 和歌山県 和歌山市 | 画家 | しょうじゅん 尚順 | 1873年~1945年 | 沖縄県 那覇市 | 実業家議員 | すぎもとえつこ 杉本鉞子 | 1873年~1950年 | 新潟県 長岡市 | 作家 『A Daughter of the Samurai(武士の娘)』を著し、アメリカで日本人初のベストセラー作家となった女性 | たわらすなお 田原淳 | 1873年~1952年 | 大分県 国東市 | 学者 明治時代に心臓の刺激伝導系の一部である房室結節(田原結節)を発見した医学者 | たんげうめこ 丹下梅子 | 1873年~1955年 | 鹿児島県 鹿児島市 | 学者 日本人として2人目の女性農学博士となった栄養学者・化学者 | ちぇんぴんしゅん 陳平順 | 1919年~2002年 | 中国 | 料理人 長崎ちゃんぽんのルーツとされる「支那饂飩」を考案した中華料理店「四海樓」の初代店主 | つなしまりょうせん 綱島梁川 | 1873年~1907年 | 岡山県 高梁市 | 評論家思想家 『病間録』などを著した明治時代の評論家・宗教思想家 | なかじまくまきち 中島久万吉 | 1873年~1960年 | 神奈川県 横浜市 | 大臣議員実業家 戦前に、古河コンツェルンで古河系企業の多角化を推し進め、その後、商工大臣になるが足利尊氏を讃美したとして辞任した実業家 | のぐちしたがう 野口遵 | 1873年~1944年 | 石川県 | 実業家 戦前に、日窒コンツェルンを築いた実業家 |
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1873年に亡くなった人物については、「1873年没の人物」をご覧ください。
他の年については、「年一覧」をご覧ください。
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