兵庫県の出身者・ゆかりのある武将・武士

概要

 兵庫県で生まれたり、兵庫県にゆかりのある武将・武士の一覧を掲載しています(五十音順)

 ※出身地は生まれた都道府県、出身地の市町村は現在の市町村、出没年は西暦で掲載しています。

一覧

名前出没年出身地概要
出身者

あかまつ はるまさ

赤松 晴政
1495年~1565年兵庫県
大名武将
播磨・備前・美作の守護であったが、守護代の浦上氏などの反抗から衰退を招いた赤松氏の第11代当主
出身者

あかまつ みつすけ

赤松 満祐
1381年~1441年兵庫県
大名武将
播磨・備前・美作の守護大名であったが、将軍足利義教の専制に反発・対立し、嘉吉の乱で足利義教を殺害した武将
ゆかり

あさの ながのり

浅野 長矩
1667年~1701年東京都
中央区
藩主
江戸城本丸松の廊下で吉良上野介に対する刃傷事件を起こした人物で、『忠臣蔵』の浅野内匠頭として有名な赤穂藩主
ゆかり

あたぎ ふゆやす

安宅 冬康
1528年~1564年不明
不明
武将
兄の三好長慶を支え、淡路を治めたが、逆心を疑われ三好長慶に自害させられた戦国時代の武将
ゆかり

いけだ つねおき

池田 恒興
1536年~1584年愛知県
大名武将
織田信長の乳兄弟であり、重臣として織田信長豊臣秀吉に仕えた武将
ゆかり

いけだ てるまさ

池田 輝政
1565年~1613年愛知県
清須市
大名武将藩主
織田信長豊臣秀吉徳川家康に仕え、姫路藩の初代藩主となり姫路城の大修復を行った戦国大名・武将
ゆかり

いけだ みつまさ

池田 光政
1609年~1682年岡山県
岡山市
藩主
江戸時代前期に、姫路藩主・鳥取藩主となった後、岡山藩主として閑谷学校の開校など、藩政改革を行った人物
出身者

いなだ くにたね

稲田 邦植
1855年~1931年兵庫県
洲本市
藩士
徳島藩の筆頭家老で淡路洲本城主を務めていたが、本藩と対立し稲田騒動の結果、北海道の開拓を命じられた幕末・明治時代の人物
出身者

おおいし よしお

大石 良雄
1659年~1703年兵庫県
赤穂市
藩士
赤穂四十七士を率いて吉良邸に討ち入りを行った『忠臣蔵』で有名な赤穂藩の筆頭家老
出身者

おおの ともふさ

大野 知房
不明~不明兵庫県
藩士
忠臣蔵』で知られる赤穂事件の際に、赤穂城開城前に逐電したことから、不忠臣の代表格とされる江戸時代の赤穂藩家老
出身者

かすや たけのり

糟屋 武則
1562年~不明兵庫県
武将
別所家から豊臣秀吉の家臣となり、賤ヶ岳の戦いで活躍するが、関ヶ原の戦いで西軍につき、所領を没収された戦国武将
ゆかり

きのした いえさだ

木下 家定
1543年~1608年愛知県
清須市
大名武将藩主
高台院の兄ということで出世し、姫路城主などを務めるが、関ヶ原の戦いの後、備中国足守藩主となった戦国大名
ゆかり

くき たかよし

九鬼 隆義
1837年~1891年京都府
綾部市
藩主実業家首長議員
三田藩主として藩政改革を行い、維新後は貿易商社「志摩三商会」を設立し、神戸発展の一端を担った人物
出身者

くろだ ながまさ

黒田 長政
1568年~1623年兵庫県
姫路市
大名武将
黒田官兵衛の嫡男で、関ヶ原の戦いなどで戦功を挙げ、福岡藩初代藩主となった大名・武将
ゆかり

くろだ もとたか

黒田 職隆
1524年~1585年岡山県
瀬戸内市
武将
黒田官兵衛の父で、播磨御着城主の小寺政職に仕えた戦国武将
出身者

くろだ よしたか

黒田 孝高
1546年~1604年兵庫県
姫路市
大名武将
中国大返しなど、豊臣秀吉の天下取りを支えた戦国時代の大名・武将
出身者

こでら まさもと

小寺 政職
1529年~1584年兵庫県
武将
御着城主として赤松氏・織田氏に仕えていたが、有岡城の戦いを機に信長に背き、攻められ逃走、幕府衆として足利義昭に仕えた武将
出身者

ごとう もとつぐ

後藤 基次
1560年~1615年兵庫県
姫路市
武将藩士
黒田官兵衛黒田長政に仕え、数々の軍功をあげたが、その後出奔し、大坂夏の陣で戦死した武将
出身者

さかきばら まさみね

榊原 政岑
1713年~1743年兵庫県
藩主
徳川吉宗の倹約令を無視して贅を尽くしたことから、咎められ、越後高田に転封となった姫路藩
ゆかり

せんごく ひでひさ

仙石 秀久
1552年~1614年岐阜県
坂祝町
大名武将藩主
豊臣秀吉の古くからの家臣であるが戸次川の戦いで大敗し改易され、その後に許され小諸藩主となった戦国大名・武将

 他の都道府県の出身者・ゆかりのある人物については、「人物の都道府県一覧」をご覧ください。

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