神奈川県の出身者・ゆかりのある武将・武士

概要

 神奈川県で生まれたり、神奈川県にゆかりのある武将・武士の一覧を掲載しています(五十音順)

 ※出身地は生まれた都道府県、出身地の市町村は現在の市町村、出没年は西暦で掲載しています。

一覧

名前出没年出身地概要
ゆかり

あしかが たかうじ

足利 尊氏
1305年~1358年京都府
綾部市
将軍武将

後醍醐天皇に応じ鎌倉幕府を滅亡に追いやり、建武の新政後、室町幕府の初代将軍となった武将

出身者

あしかが よしあきら

足利 義詮
1330年~1367年神奈川県
鎌倉市
将軍武将

父・足利尊氏の跡を継ぎ、南北朝の動乱の中、南朝と戦い、北朝を優勢に導いた室町幕府第2代将軍

出身者

あしかが よしうじ

足利 義氏
1541年~1583年神奈川県
小田原市
武将

足利晴氏の次男で、北条氏の後ろ盾・傀儡として、第5代古河公方となった戦国武将

ゆかり

あだち とおもと

足立 遠元
不明~不明不明
武将

平治の乱では源義朝に従い、源頼朝挙兵時には直後から臣下となり、その側近として政務を担った鎌倉武将

ゆかり

あだち もりなが

安達 盛長
1135年~1200年不明
武将

源頼朝が伊豆に配流されていた頃から仕えた側近で、上野国の奉行人、三河守護などを歴任した鎌倉武将

ゆかり

あだち やすもり

安達 泰盛
1231年~1285年不明
武将

鎌倉幕府第8代執権・北条時宗の外戚として、幕府の重職を歴任するが、霜月騒動で滅ぼされた鎌倉時代の御家人

ゆかり

いなば まさかつ

稲葉 正勝
1597年~1634年京都府
大名幕臣藩主

春日局を母にもち、徳川家光に仕え、小田原藩の初代藩主などになった江戸時代の大名・老中

出身者

うえすぎ かげとら

上杉 景虎
1554年~1579年神奈川県
小田原市
武将

北条氏康の七男で、上杉謙信死後の御館の乱で上杉景勝と家督争いを行い敗れ自害した戦国武将

ゆかり

おおえ たく

大江 卓
1847年~1921年高知県
大月町
首長議員実業家藩士

「マリア・ルス号事件」で神奈川県権令として奴隷船から清国人を解放した政治家・実業家

ゆかり

おおくぼ ただざね

大久保 忠真
1782年頃~1837年東京都
藩主幕臣

京都所司代・老中などを務めるとともに、二宮金次郎を登用し、農村復興などの藩政改革を行った第7代小田原藩

ゆかり

おおくぼ ただちか

大久保 忠隣
1545年~1613年愛知県
岡崎市
大名武将藩主

徳川家康に仕え、数々の戦で功を挙げ、小田原藩主となるが、改易に処せられた戦国大名

ゆかり

おおくぼ ただよ

大久保 忠世
1532年~1594年愛知県
岡崎市
武将

徳川十六神将の1人に数えられ、二俣城主・小田原城主などとなった戦国時代の武将

出身者

かじわら かげすえ

梶原 景季
1162年~1200年神奈川県
武将

源頼朝に仕え、宇治川の先陣争いで武名を挙げ、その後数々の戦で活躍するが、源頼朝死後、追討された武将

出身者

かじわら かげとき

梶原 景時
1140年頃~1200年神奈川県
鎌倉市
武将

石橋山の戦いで源頼朝を救い重用・信頼され、侍所所司などを務めるが、頼朝死後、梶原景時の変で滅ぼされた鎌倉時代の武将

出身者

これやすしんのう

惟康親王
1264年~1326年神奈川県
鎌倉市
将軍皇族

執権・北条貞時に将軍の長期在任を嫌われ、将軍職を解任された鎌倉幕府の第7代将軍

ゆかり

とだ うじよし

戸田 氏栄
1799年~1858年岐阜県
揖斐川町
幕臣

各地で奉行を務める中、浦賀奉行としてペリー来航時に交渉にあたり、日米和親条約を結んだ幕臣

出身者

どい さねひら

土肥 実平
不明~1191年頃神奈川県
武将

源頼朝の挙兵に呼応し源頼朝に仕え、源平合戦や奥州征伐で功を立てた御家人・武将

ゆかり

なかはらのちかよし

中原 親能
1143年~1209年京都府
公家武士

源頼朝の側近・代官として活動し、朝廷と幕府の折衝に努めた平安・鎌倉時代の貴族・御家人

ゆかり

ながさき えんき

長崎 円喜
不明~1333年不明
武士

鎌倉時代末期に鎌倉幕府で、御内人・内管領として権勢を誇った武士

出身者

なごえ ともとき

名越 朝時
1193年~1245年神奈川県
鎌倉市
武将

北条義時の次男で、女性問題で源実朝の勘気に触れるが、その後。和田合戦や承久の乱で活躍した武将


 他の都道府県の出身者・ゆかりのある人物については、「人物の都道府県一覧」をご覧ください。

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