長野県の出身者・ゆかりのある武将・武士

概要

 長野県で生まれたり、長野県にゆかりのある武将・武士の一覧を掲載しています(五十音順)

 ※出身地は生まれた都道府県、出身地の市町村は現在の市町村、出没年は西暦で掲載しています。

一覧

名前出没年出身地概要
出身者

さなだ ゆきたか

真田 幸隆
1513年~1574年長野県
武将

真田昌幸の父、真田幸村(信繁)の祖父であり、武田24将の一人として武田信玄に仕えた戦国武将

ゆかり

さなだ ゆきつら

真田 幸貫
1791年~1852年東京都
藩主

江戸時代後期に、殖産興業、産業開発、文武奨励などにも努めるなど、様々な藩政改革を行った松代藩第8代藩主

出身者

さなだ ゆきむら

真田 幸村
1567年~1615年長野県
武将

真田昌幸の次男で、豊臣家臣として大阪の陣で活躍した戦国・江戸時代の武将

出身者

すだ みつちか

須田 満親
1526年~1598年長野県
須坂市
武将

上杉家に仕え、越中方面の攻略や北信4郡の押さえなどを任された戦国武将

出身者

すわ よりしげ

諏訪 頼重
1516年~1542年長野県
武将

武田勝頼の外祖父にあたり、上原城城主として諏訪を治めていたが、武田信玄に滅ぼされた戦国武将

出身者

すわ よりみつ

諏訪 頼満
1473年~1540年長野県
武将

高遠氏を降伏させるなどし、諏訪地方を統一・勢力を拡大させ、「諏訪氏中興の祖」と言われた戦国武将

ゆかり

せんごく ひでひさ

仙石 秀久
1552年~1614年岐阜県
坂祝町
大名武将藩主

豊臣秀吉の古くからの家臣であるが戸次川の戦いで大敗し改易され、その後に許され小諸藩主となった戦国大名・武将

出身者

たかとお よりつぐ

高遠 頼継
不明~1552年長野県
武将

武田晴信の信濃侵攻にあたり、高遠合戦で敗北・降伏し、武田氏の家臣となるが、下伊那攻めで自害させられた戦国武将

出身者

たかなし まさより

高梨 政頼
1508年頃~1576年頃長野県
武将

信濃国中野の国人で、武田信玄の信濃侵攻に対し、他の北信濃国衆と共に抵抗を続けたが国を追われた戦国武将

ゆかり

たけだ かつより

武田 勝頼
1546年~1582年不明
大名武将

武田信玄の子で信玄死後、武田家を継いだが、長篠の戦いでの敗北で弱体化し、甲州征伐で織田家に滅ぼされた戦国大名

ゆかり

たけだ しんげん

武田 信玄
1521年~1573年
大名武将

「甲斐の虎」と言われ、戦国時代に甲斐・信濃などを治めた戦国大名・武将

出身者

たけだ のぶかつ

武田 信勝
1567年~1582年長野県
伊那市
武将

武田勝頼の子で、甲斐武田氏の当主となる予定だったが、甲州征伐で自害した人物

ゆかり

たけだ のぶとよ

武田 信豊
1549年~1582年不明
武将

武田信玄の甥、武田勝頼の従弟で、親族衆として武田勝頼を支えたが甲州征伐で自害した戦国武将

ゆかり

ともえごぜん

巴御前
不明~不明不明
武将

木曽義仲の妾であるが、武勇に優れ、木曽義仲の武将として、各地で功を挙げた平安時代末期の女性

ゆかり

ふくしま まさのり

福島 正則
1561年~1624年愛知県
あま市
大名武将藩主

豊臣秀吉の子飼いの武将で「賤ヶ岳の七本槍」の1人であり、関ヶ原の戦いの後、広島藩主となったが改易された戦国武将

出身者

ほしな まさとし

保科 正俊
1511年~1593年長野県
武将

武田家家臣で、伊那攻めや北信濃攻めに従事、槍の使い手であったことから「槍弾正」と称された戦国武将

ゆかり

ほしな まさゆき

保科 正之
1611年~1673年東京都
大名

3代将軍徳川家光の異母弟で、高遠藩主・山形藩主・会津藩主を務め、名君と称えられる江戸時代の大名

出身者

まつお たせこ

松尾 多勢子
1811年~1894年長野県
飯田市
武士

足利三代木像梟首事件に関与したり、天誅組や水戸天狗党を支援した女性志士

ゆかり

まつだいら なおまさ

松平 直政
1601年~1666年滋賀県
大名武将藩主

大坂の陣で武功を上げ、上総国姉ヶ崎藩主・越前国大野藩主・信濃国松本藩主・出雲国松江藩初代藩主となった大名

出身者

みうら けいのすけ

三浦 啓之助
1848年~1877年長野県
長野市
武士

佐久間象山の子で、新選組から脱走、慶應義塾での女性問題、司法省で働くも警察官と喧嘩するなど、多くの問題を起こした人物


 他の都道府県の出身者・ゆかりのある人物については、「人物の都道府県一覧」をご覧ください。

タイトルとURLをコピーしました